美しい音楽とは何だろうか。自分の中にある答えのひとつが『death has light』(2021 別野加奈)だ。日本の音楽家・別野加奈が「死」を題材とし、自身の死の間際、瞬間、直後までの73分間に流れる音楽を想定した楽曲として制作した4thアルバムである。
おそらく多くの人は、今この瞬間が実際に死ぬ瞬間という訳ではない。(もちろん、死は突然に訪れたりもするので、さぁ死ぬぞと思いながら死ねない可能性もある) しかし「死にたいな」と思うことは日々の中でときどきあるだろう。どうにも行き場のない寂しさや、独りなのに一人になりたい気持ちのとき、その切実な心の叫びを受け止めてくれる音楽がここにある。
別野加奈が死の間際に放っているのは「光」だった。もう終わるんだ、とだんだん冷えていく1曲目「death has light」。彼女のビジュアルイメージでもある流氷の海が風景として浮かぶ。2曲目「静寂、夜明けの海とオーケストラ」では、静かにその最後を見守っていく。そして3曲目「どうして生命は、こんな美しい夜にも涙を流すのだろう」から、記憶の中で生きてきた道を照らし始める。
そして4曲目「死の光」では、「あなたの生命は綺麗だ どこまでも透明な 宝石みたいに輝いている なんて美しい青」と歌い上げる。「宝石」は3rdアルバムの最後の曲名でもあり、より以前では1stアルバムに収録されている「たぐいまれる」等でも歌詞で用いられている、美しい人を表す重要な単語だ。圧倒的な白い光の中で、生命としての熱や発光を見つめ、受け止めてくれる。救済のような、自分自身を認めるような優しくあたたかい時間が流れていく。
そして5曲目以降は、どんどん静かになっていく。歌もない。既に死んでいるのだ。生命としての動きがない氷上の朝。だんだんと自分の存在が細かい粒に分かれていき、燃えて、何も無くなる。聴き終わった後は、ひとつの臨死体験として、なにか別の視点で世界を見れるような気持ちになっている。
アルバムを通しての流れはもちろん、不安が混じる感情に共鳴するようなピアノの揺れや重なり、鼓動や湿度を示すような声の配置など、サウンド面での探求も素晴らしく完成されている。普段からライブなどの誘いを受け付けておらず、自身の制作表現へストイックに注ぎ込んでいる姿勢も含めて、この到達点に自分の怯えた心を信頼して身を任せることができる。いつまでも心の大切な引き出しにしまっておきたい、宝石のような作品である。
アーティスト情報
別野加奈
音楽家、映像作家。自身の架空の心象風景に基づく芸術活動を横断的に行なう。2013年、ファーストフルアルバム「もう、見たくないよ、と言いつつそっと硝子の中に閉じ込めた 展」をリリース。2015年12月、セカンドアルバム「海辺の花屋」リリース、自身初の長編監督作品「TRAPPED IN THE GLASS」を全国各地で上映。2016年9月にフルアルバム「forget me not」を、2021年12月には「death has light」をリリース。
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PROJECTIONS OF A CORAL CITY
CORAL MORPHOLOGIC & NICK LEON
柔らかい音像の中を、クラゲやサンゴになって流れに身を委ねているような、海の静けさやゆらめきを感じさせる音楽ですね。
Moskitoo
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Tumbling Towards A Wall
Ulla
厭世的なのに人肌も同時に感じて、水の中で空を眺めているような気持ちになります。
aus
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aruk
baobab
自分を取り戻せるような音楽は大切な存在として、長く、ときどき聴くことになっていくのだ。
石松豊
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Felis Catus And Silence
LEO TAKAMI
人生観というか、これまで積み重ねてきた音楽的な探索や修練が見えるんですよね。
Watasino
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