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PROJECT 8
音が創造力を高める。デザイン研修『Sound & Thinking』が伝えたい、予測困難な現代を生き抜く身体感覚
2024.10.03

撮影:インフォバーン
2024年7月、音により創造性を飛躍させる人材育成プログラム『Sound & Thinking』が公開された。フィールドレコーディングと音楽やサウンドロゴ制作のワークショップを通して、参加者の創造力を高める企業研修だ。
創造力は、英語で「creativity(クリエイティビティ)」。新しいものを自分の考えや技術で作り出す能力を指す。パンデミックやテクノロジーの進化など、前例のない変化が次々と訪れる現代において、より求められる能力だろう。
音によって、どのように創造性が引き出されるのか? 『Sound & Thinking』を立ち上げた株式会社インフォバーンの辻村和正と髙塚俊に聞くと、デザイン思考の観点から音の力について伺うことができた。
自分の創造性の根底には、音楽経験の影響があると感じる
—人材育成プログラム『Sound & Thinking』は、どのような背景で生まれたのでしょうか。

辻村:僕が部門長を務めるイノベーションデザイン事業部は、企業の新規事業や製品・サービスのデザイン支援をしています。最近は「企業内にデザイン人材を育てて欲しい」という相談が増えてきたため、デザインに関する企業研修も行うようになってきました。
今回の『Sound & Thinking』は、そのデザイン研修の新しいプログラムとして生まれたものです。音とデザインに関わる髙塚の経験を活かしたプログラムを作れないかと思い、一年ほど前から準備してきました。

—髙塚さんは、以前にいた会社では着メロやサウンドロゴなどの制作に携わっていたんですよね。

髙塚:そうですね。もともと音楽学校に通っていて、卒業後は飲食店で生演奏をする仕事やバンド活動などを行いながら、在宅で着メロの元となるMIDIデータを耳コピで制作していました。その後、着メロや着うた、ゲームアプリの音楽などの制作を行う会社に入社して制作やディレクションを担当し、その後ウェブ業界へと転身しました。
髙塚は過去の経験を活かし、IDL [INFOBAHN DESIGN LAB.]のポッドキャスト番組「IDL/R」のジングル制作や音声データ編集を担当している。
今デザインの仕事に関わる中でも、自分の創造性の根底には、音楽経験の影響があると感じるんですよね。例えばデザインでは、抽象度を上げる発想の飛躍と具象的な言語化を頻繁に行き来します。そうした時に、楽器をアドリブで演奏したり楽譜を書いたりする経験が活きている感覚が少しあって。こうした感覚を、企業研修を通して気づいてもらえると面白いのではないかと考えました。
—だから『Sound & Thinking』では音楽を制作するんですね。フィールドレコーディングを取り入れたきっかけは何だったのでしょうか? 企業研修としては珍しいですよね。
髙塚:発想のきっかけは、ライフワーク的にフィールドレコーディングをしていたことでした。例えば山で耳を澄ますと、鳥の鳴き声や木の葉が風で揺れる音など色々な音が聴こえてきて面白いんですよね。人間は80%以上の情報を視覚から得ていると言われていて、聴覚を意識して集中してみると、普段は見過ごしている情報や関係性に気付くことができるんですよ。
髙塚が住む京都の散歩道をiPhoneでフィールドレコーディングした音源。蝉や鳥の鳴き声、水が流れる音など様々な音が聞こえてくる。フィールドレコーディングには、身の回りの音を無料の素材として自分の作品に使える面白さや、普段行かないような場所で宝探しのように音を採取する楽しさもあると高塚は語る。
そして、録音した音源を聴いた時にも「こんな音もあったんだ」と新しい気づきがあるんです。普段通りの感覚では得られない様々な気づきを得られるようにしたかったので、フィールドレコーディングはぴったりだと思って取り入れました。
もし音の静かな車を作ったら、渋谷らしさは減るのか?
—先日はイベントで、渋谷でフィールドレコーディングされていましたね。
辻村:はい。デザインリサーチの最新情報を議論する「RESEARCH Conference2024」のアフターイベントとして、「音を通じて人間以外の存在の声に耳を傾ける」をテーマに「Sound & Thinking 渋谷」を開催しました。

—なぜ人間以外の存在に注目して欲しいのでしょうか?
辻村:新しい事業やサービスを作るときって、つい使う人(ユーザー)にとって良いかという基準で考えてしまうんですが「それだけでいいのかな?」と思っていて。例えば、まだ想像できてないような人が使ってくれるかもしれない。ユーザーという言葉は、無意識に排他性を帯びていますよね。
特に現代は複雑で予測困難な時代なので、想像しうる人だけを見て製品やサービスを作っても、うまくいかないこともあるんです。だから視座を高めるために、少し極端ですが「人間中心に考えるのではなく、動植物やAIなど人間以外の存在にも目を向けてみよう」と問題提起しました。

—イベント参加者は「人間以外の音」からどんな気づきを得ていましたか?
髙塚:音としては、排気口の音や高架下で車が通る音、店先の風鈴が揺れる音など様々な音が集まりました。逆に静寂を求めて神社を訪れたチームもありましたね。気づきとしては「渋谷にも緑が思ったよりあった」「意外と鳥の声が聞こえてきた」など、それぞれ新しい視点で街を見ることができていました。
あとは「渋谷のごちゃごちゃした印象は人が多いからだと思っていたけど、意外と建築物や車など人工的な音が多かった」という気づきも。そこから「もし音の静かな車を作ったら、渋谷らしさは減るのか?」という議論が生まれたりしました。

—都市の騒音って、普段は「ノイズ」として無意識に聞かないようにしていると思うので、個々のノイズがどんな音なのかを認識する機会は意外と少なさそうです。
髙塚:そうですよね。認識することで「このノイズは本当に不要なものなのか?」という議論が生まれるかもしれませんし。こういう話も、音に着目したからこそ浮かび上がる街の課題感や可能性だと思いますね。
体験することで感覚として覚えていける
—創造性の飛躍に対して、音にはどんな役割があると考えていますか?
髙塚:創造力を高めるためには、自分自身で考えて試行錯誤できる遊びが有効だと言われています。視覚以外の五感の中でも聴覚・音は手軽に楽しく、無限に自由に試行錯誤できるんですね。手軽に発想の飛躍を体験できる手法として、とても優れていると考えています。

—創造力を高めるには、実際に体験して気づきを得ることが重要なのでしょうか。
髙塚:そうですね。「手を動かすことで切り開いていく」という感覚を得ることが大切かなと。ビジネスでも何でも、頭で考えすぎて何も生み出せないことってありますよね。でも想像を超えた結果に辿りつくためには、行動することが重要。この感覚を言語化することは難しいのですが、逆に言葉で理解していなくても、体験することで感覚として覚えていけると思うんです。
辻村:体験というのは、今回だと音を作る部分までですね。創造力を高めるには、単に耳を澄まして対象を認識するだけではなく、何か形として自分の手で作り上げる必要があると考えています。

—なるほど。言葉で理解していなくても、身体に感覚が残っていればいいんですね。
髙塚:言語化することが重要である一方で、とにかく実践できる方が本質的には大事な気がしていて。例えばデザイナーではない人が、プロトタイプとかブリコラージュといった横文字を覚えることは大事ではないんです。直感や勘とはまた違う身体で得た感覚として、たとえ無意識でも新しいものを生み出す行動ができていれば、それは創造力を発揮していることだと思うんですよね。
辻村:言語は一つの表現手段であって、今回は代わりに音で表現しているということですね。言葉として表現しなくても、音として思考を外在化させる。ここが『Sound & Thinking』ならではの面白みだと思いますね。
プロフィール
辻村和正
株式会社インフォバーン 執行役員。東京外国語大学卒業後渡米、2007年南カリフォルニア建築大学(SCI_Arc)大学院修士課程を修了、建築学修士。ロサンゼルス、ブリュッセル、東京と国内外の建築デザインオフィス、デジタルプロダクションを経て2014年より株式会社インフォバーンに在籍。デザイン・ディレクターとして、クライアント企業の事業開発におけるデザインリサーチを起点とした様々なスケールのサービス・プロダクトデザインに従事し、2020年より現職。これまで文化庁メディア芸術祭、東京インタラクティブ・アド・アワード、ニューヨーク フィルム フェスティバル、日本デザイン学会年間作品賞等の受賞歴がある。また、東京大学大学院学際情報学府にてHCI(Human-computer Interaction)、建築、デザインリサーチを横断した学際的研究にも取り組む。
プロフィール
髙塚俊
株式会社インフォバーン 組織文化デザイン事業部 デザインストラテジスト。ギター演奏家としての活動やモバイル業界での音楽制作/サウンドデザイン、ゲームメーカー公式サイト運営などに従事した後、プロジェクトマネージャー/ディレクターとして企業や自治体のコーポレートサイト/Webメディアの立ち上げなどに従事。その後、IDL [INFOBAHN DESIGN LAB.]にジョインし、デザインの領域へ。2024年4月より組織文化デザイン事業部に所属し、「音」により創造性を飛躍させる人材育成プログラム「Sound & Thinking」の開発に携わる。日本プロジェクトマネジメント協会認定 プロジェクトマネジメントスペシャリスト。
執筆・編集:石松豊
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