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ARTIST 17
ギターで「不知」と向き合い続けて。Kenta Tanakaが7年かけて辿り着いた“自分の音”
2026.04.16
撮影:相澤有紀
ブリュッセルと東京を拠点に活動するギタリスト・Kenta Tanakaが、初のソロアルバム『Poetics of Non-Savoir』をリリースした。
アルバムのテーマは「不知の詩学」。ZINEやサウンドアートなど、さまざまな形で音楽に携わってきた彼ならではの多角的な視点で音に向き合い、「知らないこと」を受け入れることで生まれたギターアンビエントの作品だ。全10曲には、それぞれ彼にとって大切な風景や記憶が結びついている。
7年にわたる制作期間の中で、どのような葛藤や変化があったのか。そして彼は、この不安定な世界の中でどのようにして「大丈夫だ」と思えるようになったのか。いま、ゆるやかに目指すアーティスト像へと進み始めたKenta Tanakaの現在地に迫る。
ようやく「自分はギタリストだ」と思えるようになった
—田中さんはギタリストでありながら、ZINEの創刊やサウンドアート作品の発表など、幅広い形で音楽に携わっています。これらの活動は、それぞれどのように関わり合っているのでしょうか?
それぞれ別々に進めていて、時期によってどれかひとつに集中しているような状況ですね。いつかこの3つが、うまく循環していったらいいなと思っています。

—それぞれの活動は、田中さんにとってどのような立ち位置なのでしょうか?
いちばん自分を表現できるのがギターですね。小学生の頃から20年以上弾いていて、身体にいちばん紐づいている感覚があります。以前はバンドもやっていましたが、今はアンビエントミュージックのような、環境と寄り添い合うような音の在り方に興味があります。
ZINEは、大学時代に学んだ都市デザインの影響が表れていると思います。サウンドアートはその延長として、街と音の関係性や音の可能性を実験的に表現する場になっていますね。

—デザインやサウンドアートの視点が、音楽の聴き方や作り方に与えた影響はありますか?
あると思います。都市デザインの視点から音環境を考える中で、サウンドスケープに関心を持つようになりましたし。アンビエントミュージックも、音楽に対するデザイン的なアプローチだと感じています。
—デザイン的なアプローチ?
いわゆるポップミュージックって、メロディやメッセージを直接的に伝える”強い音楽”という印象があって。一方でアンビエントは、時間軸としても長く、音楽が生活を直接変えるというよりは、ゆるやかに良くしていくような存在に感じます。それは、心地よいプロダクトを使うときの感覚に近く、デザイン的なアプローチに似ている気がしますね。
田中が影響を受けたアンビエント文脈の音楽家・吉村弘の「Music for Nine Post Cards」。音楽作品だけでなく、環境音楽家としてのインスタレーション作品や、書籍『都市の音』など、さまざまな活動に影響を受けたという。
サウンドアートに取り組む中でも、音楽制作のヒントを得ることがあります。時間や空間の制約がなく、和音やリズムといった音楽的な枠組みにもとらわれないので、真っ白なキャンバスに向かって、のびのびと音の表現を探求しているような感覚があります。
—音楽に対する多角的な興味は、自然と芽生えていったのでしょうか?
気づいたらそうなっていた気がします。でも、小さい頃から美術の抽象画に惹かれていて。アーティストのメーガン・ルーニーがインタビューで、「この世界のあらゆる現象は、一瞬たりとも同じではなく、常に変化を続けている」と語っていましたが、世界を抽象的に捉える態度として、その感覚には共感しています。

たとえば気温も、本来は「なんとなくあたたかい」といった感覚的なものを、客観的指標で共有するために数値化しているだけで。五感で受け取る現象を、抽象のまま表現できることが芸術でもあると思うので、「抽象性」はとても大事にしています。音や音楽の抽象的な側面に導かれて、環境音楽やサウンドアートに出逢った節もあると思います。
—さまざまな活動を経て、今の田中さんにとって最も軸となるものは何ですか?
やっぱりギターですね。これまで中心がどこにあるのか分からなかったのですが、今回のアルバムを作ったことで、ようやく「自分はギタリストだ」と思えるようになったんです。今は3つの軸が少しずつ巡り始めて、自分の在りたい方向に一歩近づいた感覚があります。
自分がどんな人間だったのかを、もう一度見つめ直したい
—1stアルバム『Poetics of Non-Savoir』は、どのような経緯から制作されたのでしょうか?
ZINEやサウンドアートは個人として発表していたので、音楽でもソロ作品を作りたいとずっと思っていました。でも、バンドをやめた後、自分がどんなギターを鳴らしたいか分からなくなってしまって。
音楽を作ることから離れようと思った時期もあったのですが、それでもやっぱり、音楽を作りたいという気持ちは消えませんでした。だからこそ、原点回帰という意味でも、ギターの作品を作りたいと思いました。自分がどんな人間だったのかを、もう一度見つめ直したいという気持ちもありましたね。
2025年11月7日にリリースされた、Kenta Tanaka初のソロアルバム『Poetics of Non-Savoir』。ギターを主軸としたアンビエントフォークな質感に、フィールドレコーディング素材やモジュラーシンセサイザーの音が重ねられている。
制作には7年ほど時間をかけて、自分と向き合いながら進めていき、昨年ようやく形になりました。
—どのような部分に時間がかかったのでしょうか?
他の活動と並行して断続的に制作していたこともありますが、意識としては、早く出すことよりも自分が心から納得できる形で出すことを優先していました。自分にとっては必要な時間だったと思っています。
制作中はずっと、アルバムを流しながら生活し、気になるところがあれば調整する、ということを繰り返していました。散歩をするときやシャワーを浴びるときなど、日常の中で何度も聴いていくうちに、ようやく自分の生活に馴染んだという感覚があって、そこで初めてリリースできると思えました。
Kenta Tanaka「Halo Luck」。ブリュッセルのリビングで、かつてパートナーが飼っていた犬・ラッキーと共にゆっくり過ごした情景から生まれた楽曲。用いられているフィールドレコーディング素材は、ラッキーが聞いていた音をイメージしながら、ブリュッセルやパリの道を歩いて収録したという。
—「生活に馴染む」というのは、どのような感覚ですか?
自然体な音だな、と思えたんですよね。音に穏やかさを感じたというか。あとは、音楽を作る上で、その人の暮らしのリズムや内なるリズムがきちんと聴こえてくることが大事だと思っていて。自分が本来持っているリズムが音にも表れていると感じられたので、出しても大丈夫だと思いました。
—自分が出したい音に辿り着くまでは、どのような流れがあったのでしょうか?
とにかくギターをたくさん弾きましたね。自分のギターの音に責任を持ちたい、ちゃんと自分の音を好きになりたいという気持ちがありました。実際、各曲に10トラック以上ギターが入っているので、アルバムとしては100回以上自分がいいと思うギターが弾けたと思います。
Kenta Tanaka「Ecrire」。フランスの小説家 マルグリット・デュラスの書籍『愛人 ラマン』の中に登場する「書くことについて」に影響を受けて、「なぜギターを弾くのか」について田中が作詞し、田中のパートナーがフランス語で朗読している。田中はフランス語について「言葉のリズムが音楽に聞こえる瞬間がある」と語る。
あとは、アンビエントなギターを弾くにあたっても、即興的で再現性のない作り方ではなく、ライブでも再現できる楽曲にしたいと思っていて、そうした試行錯誤もありましたね。
—ライブを意識した背景には、なにか特別な思いがあるのでしょうか?
自分にとってライブは、他者との関わりを実感できる場なんだと思います。人前で演奏したいという気持ちもありますし、誰かと一緒に音を鳴らすことも好きで。
2025年12月13日に東京・光婉で開催されたアルバム『Poetics of Non-Savoir』のリリースイベント。岡田拓郎とShoei Ikeda (Maya Ongaku)も出演した。田中は「不思議な時間でしたね。同じ楽曲でも、ライブで響くとまた違って聴こえて。内向的な曲と思っていた楽曲が、外に開けた印象になったりしました。いい意味で、初めて自分の音楽が自分から旅立ったと感じましたね」と振り返る。
ライブは、同じ時間を共有している感覚がありますし、聴いてくれている人の気持ちをいちばん肌で感じられる場でもあります。そういう意味では、音楽を作ることと演奏することは、自分の中で深いところでつながっているように感じています。
これから何が起こっても、ギターを弾いていれば大丈夫
—アルバム名の『Poetics of Non-Savoir』を直訳すると「不知の詩学」という意味になります。どのような思いが込められているのでしょうか?
この言葉は、アルバムを作り始めた初期に読んでいた、フランスの哲学者・ガストン・バシュラールの著書「空間の詩学」に影響を受けて造ったものです。本の中で、「何かのモチーフをもとに作品を作るためには、一度そのモチーフを”知らない”状態に戻る必要がある」と書かれていて。「不知 (Non-Savoir)」とは、”無知”ではなく、その逆の「知識を乗り越えた状態」と言っているのですね。
その考え方に、楽曲を作るときの感覚として強く共感したんです。ギターは20年ほど弾いてきたので、どう弾けばよく響くかといった知識は身についているのですが、それだけでは作品を作れなくて。毎曲、ギターと初めて出会い直すような感覚で向き合う必要がありました。

あと同時に、矛盾的な言い方ですが、”知らない”ということは、”知らない状態を受け入れる”ことでもあると思っていて。このアルバムを作り始めたのはコロナ禍の前でしたが、そのときの自分は、これから起こることを何も知らなかった。個人的なことも、社会的なことも、未来はわからないことだらけです。
自分にとってはギターを弾くことが、あらゆる「不知」に向き合う手段でもありました。逆に言えば、「これから何が起こっても、ギターを弾いていれば大丈夫」と自分自身が思えるような作品を作りたい気持ちもありました。ギターを弾くことが人生を進めてくれるという思いで、音楽をつくっていましたね。
Kenta Tanaka「Poetics of Non-Savoir」。アルバム制作にかかった7年間で、毎年ギターを弾き重ねて制作された楽曲。過去の自分が弾いたギターに、今の自分のギターを重ねるという作業を毎年繰り返し、ギターが時間の層のようになっているという。田中は「アルバムの中でハイライト的な時間だった」と語る。
—それぞれの楽曲は、どのように制作していったのでしょうか?
楽曲は、思い出や景色を表現していくように作っていきました。自分にとってギターは、響きの楽器というか、エフェクトなどによって音響的なアプローチができる楽器だと思っていて。そうした抽象的な音を出したときに、よく風景や記憶を思い出すんです。

だから、ギターを弾くことは、日記を書いているような感覚にも近いですね。曲作りを進める中でも、描こうとしている風景に合うかどうかを頼りにしながら、音を重ねていきました。
人生の中で大事にしたい時間を、音にすることでもう一度留めておく
—具体的には、どのような風景や記憶が楽曲に込められているのでしょうか?
たとえば5曲目の「Breeze in Cotswolds」は、イギリスのコッツウォルズという小さな街で見た、のどかな風景がもとになっています。夏に小さな川で子どもたちが遊んでいて、そよ風が前から後ろに心地よく吹いていて。
そのときも「この穏やかさを、ずっと探していたのかもしれない」と思ったのですが、その時間がゆっくり流れている感覚を頼りに、ギターを弾いていきました。
Kenta Tanaka「Breeze in Cotswolds」。イギリスに2週間ほど滞在したときに出会った風景が楽曲になっている。この曲で用いられているクラシックギターは、コッツウォルズの近くにあった”謎の骨董屋”で購入したものだという。
7曲目の「Driving Lanes」は、アメリカに留学していたときに、友達と高速を走る車の中からニューヨークの摩天楼を見たときの情景が曲になっています。夕陽に照らされた都市の美しさに高揚する気持ちと、旅の終わりを思う少しの寂しさが混じり合っていて。そういうふとした瞬間に感じたことから、楽曲が生まれることが多いですね。
Kenta Tanaka「Driving Lane」。ニューヨークに1年間留学していたときに、現地の友人と組んだバンドでライブツアーをやっていて、ニューヨークからニュージャージーへ車で移動するときのシーンがもとになっている。夕陽に反射して光る綺麗な魔天楼と、通り過ぎていく高速道路の白線に、「彼らと過ごす時間が、もうすぐ終わるんだな」という”人生の止められなさ”を感じたという。
—田中さんにとって覚えておきたい時間というか、大切な感覚が音として表れているんですね。
そうですね。記憶装置に近いものだと思っています。人生の中で大事にしたい時間を、音にすることでもう一度留めておくというか。
3曲目の「Image of Yes」では、そのアメリカ留学時代の友人が歌ってくれていて。何気なく過ごしていた時間でも、自分にとっては大切な記憶として残っている。そうしたものを音楽として残したい、という気持ちがあります。
Kenta Tanaka「Image of Yes」。ゲストボーカルとして、アメリカ・ブルックリンのバンド・TVODのTyler Wrightが参加している。
さまざまな街のリズムを自分の中に取り入れていけたら
—今はブリュッセルとの二拠点生活をされていますが、音楽を取り巻く環境は、日本と比べてどのような違いを感じますか?
やっぱり生活のリズムは大きく違いますね。東京は夜遅くまでレストランやスーパーが開いていて、24時間活動しているような感覚がありますが、ブリュッセルは労働と余暇がはっきり切り離されていて、日本よりもゆったりと時間が流れてるように感じます。

言語的にはフランス語とフラマン語が混じっていて、英語も使われています。音楽の面でも、アンビエントのフェスティバルが年に何度か開催されていて、教会や街のさまざまな場所でライブが行われているんです。いろんな年齢層の人がふらっと見に来ていて、シーンとしてもすごくおもしろいですし、芸術や”分からないもの”に対して寛容な空気があるのも印象的ですね。
—そうしたブリュッセルの空気からも、今回のアルバムは何か影響を受けていると感じますか?
そうですね。ブリュッセルでの穏やかな暮らしはとても心地よくて、そうしたリズムが音にも刻まれているのかもしれません。一方で、東京はいい意味で混沌としている街でもあって、その異なる2つの街のリズムが音楽に影響を与えているような気がします。
今は世界情勢的に移動が難しい状況もありますが、作り手としては、さまざまな街のリズムを自分の中に取り入れていけたらいいなと思っています。

—最後に、次の目標などが決まっていたら教えてください。
次のアルバムとして、特定の場所における環境音にフォーカスした作品を構想しています。また時間がかかってしまうかもしれないのですが(笑)。
あとは、今後もっと、ギターとZINEとサウンドアートの活動を自分の中でうまく巡らせていきたいと思っています。音楽作品として発表しつつ、サウンドアートとしても体験できる形にするなど、そうした複合的な表現ができるアーティストになっていきたいです。
執筆・編集:石松豊
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