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PROJECT 10

「おしゃべりOK」で広がる図書館の可能性。多摩市立中央図書館が目指す「公共の未来」

2025.03.25

2023年7月にオープンした多摩市立中央図書館。2階全体が「おしゃべりOK」となっており、全国でも新発想の図書館として注目されている。

「音」に目を向けると、BGMには「鳥のさえずり」が流れ、音楽イベントも複数回開催されている。そして、4月19日には宮内優里とTomotsugu Nakamuraが出演する『読書のためのBGM演奏 Music For The Story III - 読書と静かな即興演奏 - vol.5』がUcuuuとの共催企画として実施される。

この「おしゃべりOK」という方針が生まれた背景について、図書館司書の龍門あゆ美さんに話を伺った。すると、多様な人々を受け入れる公共空間として、多摩市立中央図書館が目指す「公共の未来」が浮かび上がってきた。

「誰もが利用しやすい図書館」を目指す一環として

—「おしゃべりOK」という方針は、どのような背景から生まれたのでしょうか?

もともと、中央図書館がオープンする前から「小さい子どもを連れて図書館に行きづらい」という声が挙がっていました。多くの方が「図書館では静かにしなければならない」という意識を持っていたんです。多摩市には子育て世帯が多く住んでいることもあり、図書館としてもこの点は課題に感じていました。

今回の取材にご対応いただいたのは、多摩市立中央図書館の龍門あゆ美さん。もともと民間企業に所属し、任期が定められた指定管理者制度のもと、公共図書館で司書を務めていた。しかし、より長期的にひとつの図書館に携わりたいという思いから、中央図書館オープン準備のタイミングで多摩市へ入庁した。

他にも、小中学生の学習方法が変化する中で、図書館側が十分に対応できていないという課題がありました。最近ではグループで議論しながら学習するスタイルが増えていて、本で情報を調べながら友達と話せる場所が求められていたんです。

こうした背景から、「誰もが利用しやすい図書館」を目指す一環として、「おしゃべりOK」な図書館にしようという方針が生まれました。

—自分も子どもがいるので、図書館に行きづらいと感じる気持ちが分かります。本を選んだり読んだりしながら、自由に会話してよいのでしょうか?

もちろんです。この広場のような2階のスペースでは、どこでも「おしゃべりOK」になっています。公園に面していて、全面ガラス張りのため、明るく開放的な雰囲気で過ごせます。

2023年7月1日にオープンした多摩市立中央図書館。2階すべてで「おしゃべりOK」となっているのは全国的にも珍しく、新発想の図書館として注目されている。2階には絵本やティーンズ向けの本、暮らしや料理など生活に密着した本などが並んでいる。書架は大人が上から見渡せて、こどもの手に届く高さになっており、間をベビーカーで通れる間隔で並んでいる。

逆に、静かに読書を楽しみたい方には1階がおすすめです。「静寂読書室」や「個人研究室」があり、じっくりと本に向き合うことができます。

多摩市立中央図書館の1階。2階は天井が高く、書架や床の色が明るいトーンで統一されているのに対し、1階は天井が低く、書斎のような落ち着いた色調で統一されてる。1階には専門書や小説など、じっくり読みたい本が並んでいる。

—用途や気分によって、場所を使い分けられるのはいいですね。

利用者それぞれ、お気に入りの場所を見つけてくださっているようにも感じます。実際、オープン前と比較して20代以下の利用者数が約3倍に増加し、市民にとって以前よりも図書館が利用しやすい場所になっていると実感しています。

お互いの利用風景が見えるのがおもしろい

—2階では「鳥のさえずり」のBGMが流れていますね。これも、会話しやすい雰囲気をつくる工夫のひとつでしょうか?

そうですね。無音だとどうしても静かにしなければいけない雰囲気が出てしまいますし、メロディや歌詞が目立つ音楽は読書には向きません。そこで、自然を感じられる環境音として「鳥のさえずり」が選ばれました。「公園にいるような感覚で過ごしてもらいたい」という思いも込められています。

2階には就労継続支援B型事業所でもあるカフェ『カフェれすとモモ』があり、コーヒーや食べ物も売っている。蓋付きの飲み物は館内どこでも飲めるようになっていることも、他の図書館ではなかなか見られない光景だ。(画像引用:HPより)

—無音よりも適度な雑音があった方が作業に集中しやすいとも言われますし、邪魔にならないBGMがあることで、より居心地よく過ごせそうですね。

2階の奥には「ラーニングコモンズ」というスペースがあり、グループでの学習や、一人で集中して学習する場所として利用する学生も多くいます。カフェよりもざわつきが少ないと思いますし、より集中しやすい環境になっているのかもしれません。

2階には「ラーニングコモンズ」というエリアがあり、主に学生のグループや個人の学習によく使用されている。食事も可能なので、お弁当を持ってきて一日中活用する学生もいるという。

ここは食事可能なエリアになっていて、ベビーカーを押す親子連れ、お年寄りなど、誰でも自由に利用できる場所になっています。

2階は開けた空間だからこそ、お互いの利用風景が見えるのがおもしろいんですよね。例えば、学生がお昼を食べながら友人と話している様子を見て、「私も今度ここで友達とお茶しようかな」と、新しい利用方法に気づく方もいると思うんです。

—「気づき」が生まれる環境になっているんですね。

さまざまな人が混ざり合うことで生まれる「気づき」や「学び」がある環境は、すごくいいですよね。お互いの使い方を許容し合うことで、より過ごしやすい場所に感じると思います。

勉強しなくてもいいし、本を1冊も読まなくてもいい

—「おしゃべりOK」なイメージ作りとして、何かイベントも開催されていますか?

これまでに、2階のオープンスペースで紙芝居の読み聞かせやビブリオバトルを開催してきました。また、活動室ではジャズライブも実施しました。部屋のドアを開けて開催したので、サックスやドラムの音が2階全体にうっすらと響き、いつもよりも賑やかな雰囲気になっていました。

活動室で開催されたジャズライブの様子。中央大学モダンジャズ研究会のOB(バンド名:しびからJAZZ168)のOBが出演し、120名ほどの参加者が集まった。

—どんな反響がありましたか?

音の大きさについて、マイナスな意見が来るかもと少し不安だったのですが、予想以上に好評でした。ジャズライブをきっかけに初めて図書館を訪れた方もいれば、市民の発表の場として公共空間を活用できることを喜ぶ声も寄せられました。

あとは「生演奏を見られる機会が少ないから嬉しい」という声がありました。音楽ライブにも「静かにしなければならない」という空気があるため、子どもを連れて行きづらいと思うんです。生演奏を無料で間近に楽しめるのも、図書館が提供できる学びや経験だと感じています。

—4月19日に開催されるイベント『読書のためのBGM演奏 Music For The Story III – 読書と静かな即興演奏 – vol.5』も、生演奏に触れる機会になりそうですね。

そうですね。でも今回はオープンスペースで長時間の即興演奏になるので、図書館としても新たな挑戦となるイベントだと感じています。参加者には「図書館ってこんなに自由な場所なんだ」と感じてもらえたら嬉しいですね。

2025年4月19日(土) に多摩市立図書館とUcuuuが共催で開催する音楽イベント『Music For The Story III – 読書と静かな即興演奏 – vol.5』のメインビジュアル(左)と図書館で配布しているフライヤー(右)。出演は宮内優里とTomotsugu Nakamura。入場無料で12時頃から15時半頃まで、2Fサテライトカウンター付近でBGM演奏が行われる。

図書館学の有名な学者であるランガナタンが残した、「図書館は成長する有機体である」という言葉がすごく好きで。図書館は一度作って終わりではなく、時代や価値観に合わせてアップデートしていくことが大切なんです。

だから、単に本を貸し借りするだけの場所ではなく、何かを経験できたり、人と人との繋がりの場所になったりと、利用者の声を反映しながら成長し続ける図書館でありたいですね。

プロフィール

龍門あゆ美

図書館司書。岡山県出身。2023年1月多摩市役所入庁。多摩市立中央図書館でイベント企画や市民協働事業を担当。趣味は映画館で映画を観ることと、喫茶店で本を読むこと。

執筆・編集:石松豊

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