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宮内優里が「読書のためのBGM演奏」で届けたい、穏やかな時間。子どもからお年寄りまで「ちょうどいい音」を目指して
2025.04.08

撮影:金田幸三
音楽作家・宮内優里が、10年近く続けている「読書のためのBGM演奏」。やわらかな電子音やギターの即興演奏が流れる空間で、リラックスしながら読書をしたり、考えごとをしたり、自由に過ごすことができるイベントだ。
一般的なライブのように盛り上がるわけではないBGM演奏には、どんな魅力があるのか? そのきっかけや演奏中の意識について尋ねると、試行錯誤を重ねながらも、毎回の演奏で新たな発見や出会いを楽しみ、ゆるやかに「居心地のよい音」を探求し続ける音楽家としての姿勢が見えてきた。
4月19日には、東京・多摩市立中央図書館とUcuuuの共催イベント「読書と静かな即興演奏」にも出演予定。宮内優里の言葉を通して、自分にとっての「ちょうどいい」心地よさについて思いを巡らせてみよう。
どうすればBGMになるのか分からなかった
—「読書のためのBGM演奏」を始めて、もう10年になるんですね。きっかけは何だったんでしょうか?
もともと2014年頃までは、多重録音を用いたパフォーマンスに力を入れていました。ただ、続けていくうちに、パフォーマンスという表現の形に限界を感じてきて…。

僕にとって、既存曲を多重録音のライブで再現することは、けっこう大変なことでした。完璧な演奏を目指すあまりに緊張してしまい、だんだん楽しめなくなってきて。
そこで、楽曲という形ではなく、即興演奏というアプローチで何かできないかと模索し始めました。もっと軽やかに、BGMみたいに演奏できたらいいなと思って。最初は、当時よくイベントを一緒に企画していた家具メーカー・WOODWORKのショップで、「BGM演奏」のイベントをやらせてもらったんです。ただ、なかなか思ったようにいかなかったのを覚えています。笑
—どんな部分がうまくいかなかったんですか?

BGM演奏というよりは、ミニライブになってしまったんです。僕自身も初めての試みだったので、普段のライブとの違いをうまく出せず、お客さんに聴かせるような演奏をしてしまったのかも。お客さんもしっかり聴こうとしてくれていて、僕も盛り上げようと頑張っちゃいましたね。
—お客さんも、どうBGM演奏を楽しめばいいか分からなかったんでしょうか。
どうでしょうね。僕自身、そもそもどうすればBGMになるのか分かっていなかったんです。音を小さく出して、派手な演奏をしなければBGMに近づくと思ってたけど、そういうことでもなくて。その頃のBGM演奏は、ライブのように展開をはっきり作ってしまったり、逆に場の私語が盛り上がりすぎて、音楽が必要とされる雰囲気を作れなかったりと、試行錯誤を繰り返していました。
転機となったのは、長野県のゲストハウス・赤石商店から演奏依頼を受けたことでした。ちょうどBGM LAB.としてKENJI KIHARAくんと活動を始めようとしていた頃で、ライブとは別にBGM演奏をしたいと話したら、「読書と一緒にやるのはどうですか?」と店主の埋橋さんから提案を受けたんです。そのBGM演奏が、なんだかうまくいったんですよ。

お客さんは本を読んでいるので、視線がこちらに向かないし、演奏に意識を集中するような雰囲気にならなくて。音楽が届いているんだけど、聴きすぎる訳でもなく、かといってまったく聴こえていない訳でもない。ちょうどいいバランスが生まれて、初めてBGMになったと感じたんです。それ以来、このアイデアをお借りして「読書のための音楽会」と題して、読書とBGM演奏という形を続けるようになりました。
おじいちゃんの日常に、自分の音楽がうまく混ざれたような気がして
—図書館でもBGM演奏をされてますよね。こちらは、どのようなきっかけだったんですか?
当時は千葉県の八街市に住んでいて。隣町の佐倉市の職員さんと雑談しているときに、「図書館でBGM演奏をできたらおもしろいね」という話になったんです。その後もいろいろと相談にのってもらい、演奏の機会をいただきました。

図書館は公共の空間なので、僕の音楽に興味がある人だけでなく、いろいろな方が来てくださるんです。コーヒーを飲みにきたおばあちゃん、試験勉強をしている学生、ソファーで靴を脱いでゴロゴロしながら漫画を読む子ども。いろんな人が、それぞれ自由に過ごしている感じが面白いんですよね。
特に印象的だったのが、僕のすぐ目の前、50cmくらいの距離で2時間ほどスポーツ新聞を読んでいたおじいちゃん。たぶん僕の音楽に興味があるわけじゃないと思うんだけど、何にも邪魔されることなく、ただスポーツ新聞を読み進めているんです。いつものおじいちゃんの日常に、自分の音楽がうまく混ざれたような気がして、うれしかったですね。
2023年11月に岩手県の平泉学習交流施設「エピカ」にて開催された「読書のための音楽会」の様子。本を読む図書館利用者に溶け込むような形で、約4時間にわたりBGM演奏が行われた。広い静かな空間で長時間演奏することで、より「BGMになりやすい」という。
—演奏中は、どんなことを考えているんですか?
その場所の雰囲気を感じながら、お客さんが心地よく過ごせるように調整しているような感覚ですね。だから表現というよりも、エアコンみたいな気持ちかも。
いつも最初の1時間くらいで、演奏の引き出しを出し切るようにしていて。どうしてもライブの癖で、予測を立てたり、過去の経験をなぞったりしながら演奏してしまうんですよね。でも、全部出し切ると、目の前の瞬間をしっかり感じられるようになってくる。そこから「今日はここまで静かにすると緊張しちゃうな」「リズムはもうちょっと遅い方がいいな」など、時間の流れを感じながら、ひとつずつ調整していきます。
—事前に準備せずに、その場で作っていくんですね。
むしろ、用意しても全然フィットしないことの方が多くて。例えば、準備しておいたピアノのフレーズを弾いてみたら、妙に高級な感じになって、場に合わなかったりするんです。

でも、ただ居心地よくしたいと同時に、ギリギリのバランスを攻めたいとも思ってて。落ち着いたピアノだけを弾いていると、お客さんも僕も飽きちゃうので、違和感にならない範囲で変な音を入れたりしたいんです。例えば、アコースティックな音を重ねているときに、シンセの変わった音を1回出すだけで、空気がちょっと新鮮になるんですよ。
やりすぎて戻すことも全然ありますけど、この感覚的な調整がちょうどよく場にはまると、空気と一緒に動けるというか、場の雰囲気を少し掴んだような感覚になるんです。こういうゾーンに入ると、楽しくてずっと演奏していられますね。
あんまり素晴らしさを伝えようとしない方がいい気がしてて
—「読書のためのBGM演奏」を通して、宮内さんが作るような「穏やかな音楽」を好きになってほしいという気持ちはありますか?
そうですね。こういう音楽って、能動的に聴く人はそんなに多くないと思うんです。むしろ難しく受け止められて、「前衛的」とか「分かる人にしか分からない」という印象を持たれることも、少なからずある気がしていて。
宮内優里が2021年から続けている音楽制作プロジェクト『LOG』。住んでいる場所や旅先などで、その日その場所の環境音とともに録音・制作を行い、10曲ごとにアルバム作品として配信リリースしている。
だからこそ、「BGM演奏」が、そういうハードルを飛び越える時間になったらいいなと思っています。アンビエントや環境音楽という言葉をあまり使わないようにしているのも、そんな想いからですね。
—確かに、BGMという単語は分かりやすいですね。
アンビエントや環境音楽みたいなものって、意外と子どもからお年寄りまで受け止められる音楽なのではと思ってて。距離感がいいのかな。でも、そういう距離感って、意外と他のジャンルではあんまりないのかもしれなくて。だからこそ、BGM演奏みたいに、たまたま音楽に触れられる機会を作れたらいいなと思っています。
—読書を入り口にして、穏やかな音楽を少しでも身近に感じてもらえたら嬉しいですよね。
そうですね。ただ、魅力の伝え方が難しいんですよね。自分で体験する前に、あんまり素晴らしさを伝えようとしない方がいい気がしてて。どうしても主役というより”薄味”な音楽なので、すごくいいものだと期待させすぎると、物足りなく感じてしまうかもと思っていて。

子どもたちは、そんなことまったく気にせず、僕が演奏している横で当たり前のように遊んでいますけどね。鬼ごっこをしていたり、なぜかシャボン玉を僕にぶつけてきたり。笑
—いい意味で「アーティスト」と思われていないのかもしれませんね。笑
そうでしょうね。笑 実際、見た目はパソコンをごちゃごちゃいじってるだけだったりしますし。でも、それでいいと思っています。僕も力が抜けてリラックスできるし、その「なんとも思っていない感じ」が心地いいんです。

公共施設だと、普段のライブとは違って、僕を知らない人のほうが多いんですよね。それでも演奏が終わった後に、「いや〜、もう何やってんだが全然わかんないけど、目をつぶってたらすっごい気持ちよかったわぁ」みたいなことを、おばあちゃんに言われたりするんです。
音楽だけが、ダイレクトにおばあちゃんにとって気持ちいいものとして届いたというのは、嬉しいんですよね。音楽家として「いい音を出せているのかも」と思わせてくれる瞬間だったりもします。
「人に優しくしよう」って一生懸命にがんばる世界もいいけれど
—4月19日(土)には、多摩市立中央図書館での「読書のためのBGM演奏」が予定されています。東京の図書館でBGM演奏を行うのは初めてなんですね。
そうですね。長い時間での演奏になるので、ぜひ都合の良い時間にふらっと来てもらえたら嬉しいです。本を読まなくても、ただぼーっとしているだけでもいいと思いますし。中村さんとのコラボレーションも初めてなので、とても楽しみです。

—どんな時間にしたいですか?
それぞれの人が読書に集中できたり、居心地の良さに没入できたりする状態を作れたら嬉しいです。演奏していることに気づいてほしいという気持ちはなくて。透明人間になりたいですね。笑
僕もできたら演奏に没入したいし、お客さんもそれぞれに没入してもらえたらいいなと。「そういえば、目の前で演奏してたんだ」と思ってもらえたら、バックグラウンドな音楽になれていると思いますね。

たまにあるんですけど、お客さんが居心地の良さを楽しんでいて、姿勢がだらっとしているんです。いい意味で油断しているというか、そんな雰囲気がうれしいんですよね。公共の場で、そんなふうにリラックスできる機会があるのって、いいなぁと思います。
—確かに、外で人の目を気にせず、だらっとすることってあまりないですね。
スーパー銭湯で、裸でベンチに座ってる時間とか。笑 でも難しいのが、「心地よくしよう」だとか「癒やし」みたいなものを意識しすぎると、逆にフレーズがわざとらしくなって、僕が求める”心地いい音”からずれてしまう気がするんです。だから、僕自身も音と居心地に没入することが大事だと思っています。
—演奏している人もお客さんも、周りを気にせずに好きなことに没頭しているけど、一緒にいる。なんだか平和な空間ですね。
そういう空間、いいですよね。世の中全体も、そんなふうになったらいいのにと思います。 「人に優しくしよう」って一生懸命にがんばる世界もいいけれど、みんながただ穏やかに過ごしてるだけなのに、自然とお互いに優しい気持ちになっている・・・みたいなのも、なんだかいいですよね。自分の音楽がそういう「なんだかいいもの」につながってくれたらいいなって、思いますね。
プロフィール
宮内優里
音楽作家。1983年生まれ。千葉県四街道市在住。2006年にRallye LabelよりCDデビュー。生楽器の演奏とプログラミングを織り交ぜた、有機的な電子音楽の制作を得意とする。最新作は2024年リリースの「Beta 2」。ライブ演奏では即興での多重録音によるパフォーマンスを行う。WORLD HAPPINESS、FUJI ROCK FESTIVALなどにも出演。近年はBGM演奏という形の活動をメインに、全国の図書館や美術館など様々な場所で演奏をしている。自身の活動以外では、映画「岬のマヨイガ」(監督:川面真也 / CV:芦田愛菜ほか / 原作:柏葉幸子)、映画「リトル・フォレスト」(監督:森淳一 / 出演:橋本愛ほか / 原作:五十嵐大介)などの映画音楽をはじめ、NHK・Eテレ「あおきいろ」、「Q~こどものための哲学」や、ドラマ・舞台・CMなどの音楽、公共施設や店舗などでの空間のための音楽制作など、様々な形で制作・提供を行っている。KENJI KIHARAとの「BGM LAB.」などでも活動中。
執筆・編集:石松豊
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宮内優里
ABOUT
生活風景に
穏やかな音楽を
『Ucuuu』は、穏やかな音楽のある生活風景を紹介するAmbient Lifescape Magazine(アンビエント・ライフスケープ・マガジン)です。
アンビエント、エレクトロニカ、インストゥルメンタル、アコースティックギターやピアノなど、「穏やかな音楽」は日常にBGMのように存在しています。
木漏れ日のように、日常に当たり前のようにありながらも強く認識はせず、でも視線を向けると美しさに心癒されるような「穏やかな音楽」の魅力を多面的に発信しています。
