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読書を深める理想の音環境って? 本の読める店 fuzkue が語る「意味がない音」の価値

2024.09.04

撮影:Ayumi Yamamoto

ひとり静かに思いゆくまで読書の時間を過ごすことができる「本の読める店 fuzkue (フヅクエ)」。快適な読書を実現するために、過ごし方のルールやメニュー料金などは細かなところまで丁寧に設計されている。

そんなフヅクエは、2020年にオリジナル音源『music for fuzkue』をリリースしていたり、読書のお供となるプレイリストを公開していたりする。初台店でも常にアンビエントミュージックが流れているなど、読書に対して音という視点でもこだわりがありそうだ。

読書を深める理想的な音環境とは何か? フヅクエ店主の阿久津隆に問うと、音があるからこそ読書が捗る理由について、深い考察を伺うことができた。

常に自然の音が潤沢にあったら、音楽は必要ないかもしれない

—オリジナル音源『music for fuzkue』が生まれたきっかけを教えてください。

本の読める店フヅクエの店主・阿久津隆。心地よく本を読みたい人にとっての最高の環境を目指し、2014年に読書に特化した店フヅクエを東京・初台にオープン。初台の他に下北沢、西荻窪の3店舗で運営している。(2024年8月時点で西荻窪店は一時休業中)

制作してくれたnensowくんがフヅクエに遊びに来てくれた時に、店内や屋上の音を録音していて。彼の何かが掻き立てられたんだと思うんですけど、その後ある日突然「こんな音楽を作ったんだけど」とCDが店に届いたんです。

岡山県在住の音楽家・nensowが本の読める店フヅクエのために制作したオリジナル音源『music for fuzkue』。フヅクエ初台店では、2018年頃から毎日流れている。コロナ禍の自宅読書をより豊かなものにできればという想いから、2020年の春にCDや配信という形でリリースされた。

聴いてみたら、「これはフヅクエだな!」という音楽で。すぐに店舗で流させてもらおうと思いました。

—音としては包まれるようなドローンな感じだと思いますが、これはフヅクエにとって理想的な「読書のための音楽」の一つなのでしょうか?

そうですね。意識にあまりアタックしてこないというか、読書の意識を遮ってこない、空間や時間を穏やかに包み込んでくれる音楽がいいなと思っているので、『music for fuzkue』はぴったりでした。

フヅクエ初台店。店内で流れる音は、どの席でも静かすぎず、うるさすぎないように調整されている。

—店舗では何か音が流れていた方がいいと思いますか?

それは絶対的にイエスっていう感覚ですね。フヅクエは「とにかくリラックスした読書の時間を過ごしてもらいたい」と思っているんですが、やっぱり無音だと緊張感が生まれてしまう。生身がさらけ出されすぎて、身じろぎできない空気になるというか。無声映画とかも緊張しますよね。

この空気をマイルドにしたくて、音を流すイメージですね。音の存在はパーテーションというか、人と人の間にできる膜のようなものだと思っていて。咳や本をめくる音など、自分が出す音にはできるだけ緊張して欲しくないんですよね。お店側が出す調理の音や洗い物の音も含めて、いかにちょうどいい音環境を作るかを考えています。

フヅクエ下北沢店で流れている楽曲プレイリスト。店舗が賑やかな商業施設・BONUS TRACKの中にあることから、ドローンやアンビエントに限らず、英語歌詞の歌のある楽曲など明るさを感じる音楽も含まれている。

—なるほど。音環境を整える一つの要素として、音楽を流しているんですね。

そうですね。だからもしフヅクエが森の中とか海の傍にあって、常に自然の音が潤沢にあったら、音楽は必要ないかもしれないですね。

こういう言い方をするとひたすらアンビエントに失礼ですけど

—読書に合うような穏やかな音楽は、どのようなきっかけで好きになったのでしょうか?

フヅクエをオープンする前は岡山に6年間住んでいて、カフェをやっていたんですけど、その頃の影響が大きいですね。グリーンハウス(現Medel Music)というCD屋さんに通ってて、Meredith Monkを始めとするドイツのECMレコードの曲を聴くようになったり。

あとペパーランドという昔からあるライブハウスがあって。岡山の文化における中心的存在で、かっこいいイベントがよく開かれてたんですよね。そこでノイズのイベントを見に行った時に、nensowくんがドローンのDJで出演していたんですけど、それが気持ちよくて、すごく踊れて。そこからアンビエントとかドローンを聴くようになりました。

岡山では、お寺や廃校、イタリアンレストランなど音楽専門のスペースではない場所でもライブイベントがよく開催されていたという。阿久津さんのカフェでも、駆け出しだった頃の柴田聡子の音楽ライブや、映画「親密さ」(監督:濱口竜介)の地下室ロードショーなどを行っていた。岡山は「自分がやらないとここには何もない」と思う人が多いから、個々が能動的に好きなイベントをやっているのかもしれないと言う。

フヅクエ下北沢店のプレイリストにも入れているGrouperも、なぜか岡山に来日公演で来ていて、見に行ったんですよね。そうやって穏やかな音楽がどんどん身近になっていきました。

—岡山で身近に感じた穏やかな音楽を、読書中に流すようになったきっかけは何かありますか?

それは自然な選択でしたね。フヅクエとして、読書にとって快適な場所を作ろうとなったときに、家具や席の配置を考えるのと同じように「どんな音楽がいいんだろう」と考えて、自然と穏やかな音楽がいいなと決まっていきました。

岡山で活動する「流しのCD屋」(moderado music)が販売する様子。阿久津さんが岡山でカフェを運営していた頃も、様々なCDを詰めたカバンを持って店にときどき訪れていた。この流しのCD屋をきっかけに、Taylor Deupreeが主宰するアメリカのレーベル・12kの音源なども聴くようになったと言う。

—例えばジャズやビートの入った音楽よりも、ドローンやアンビエントの方が読書に合う感覚があったのでしょうか。

そうですね。ただそれも下北沢店なら明るい音楽でもいいなとか、周りの環境によって決まる部分もあって、自分の中で読書=アンビエントという風に決めつけている訳ではないですね。もしかしたらジャズを大きな音で流してもいいかもしれないし。日本語の歌は合わないなとは思いますけどね。

—読んでいる言葉とぶつかりそうですもんね。

明確なメロディーがある音楽って、意味がありすぎるというか。だからアンビエント的な音楽というチョイスも、こういう言い方をするとひたすらアンビエントに失礼ですけど、意味がない音がいいなと。意味や物語というのはもう本の中に十分にあるので、そこといかに干渉しないかというのを考えていますね。

爆音でノイズを流しながら本を読むイベントをやったことがあって

—読書のための理想的な音環境は、どういうものだと思いますか?

音としては描けてないですけど、お客さんの状態としては、流れている音がうるさくなく、邪魔にならず、しかし自分の物音を気にしなくて済むような状態ができていたらいいなと思いますね。音量を上げれば自分の物音は気にせずにいられるけど、読書にはうるさすぎる。その塩梅が難しいんですが、ちょうどいいバランスを目指したいです。

ちょうど思い出したんですけど、以前「会話のない読書会」の特別編で、爆音でノイズを流しながら本を読むイベントをやったことがあって。Merzbowとかを流したんですけど、あれは自分の音を気にしなくていい状態の極地でしたね。笑

2016年から続く、同時に同じ本を読むイベント「会話のない読書会」。2019年に開催した”爆音編”では、初台阿波踊り大会による賑やかな音の中、フヅクエとしては大きな音でノイズミュージックを流し、参加者としてもスマートフォン等から自由に音楽を流してOKという斬新な試みが行われた。

—爆音の中で!イベント参加者はどんな雰囲気で読書していたんでしょう?

いや、僕はけっこう静かでいい光景だなと思いましたね。

—静か?

なんていうか、物理的な音量の大きい小さいとは別に、意識にとって音が多いか少ないかみたいな尺度もある気がして。例えばノイズを大きめの音で流しながら寝ると、音量としては大きいけど、意識に流れてくるものとしては、ある種の穏やかさを獲得できるというか。

それこそ電車の中で自分の耳に入ってくる音量って、本当はすごく大きいと思うんですけど、別にうるさく感じないじゃないですか。

—なるほど。音量という絶対的な尺度ではなく、個人が感じる相対的な静けさの領域の中に、心地よいとか安心できるみたいな状態がありそうですね。

あると思うんですよね。だから、無音が意識にとって一番うるさくなることも起こり得るなと思ってて。

読書に没入しているときは、気づいたら時間が過ぎていたり、周りの音が聴こえてきたりする。「読書が能動的に頭の中で光景を立ち上げる必要があるメディアであるからこそ、他のエンターテイメントでは代替できない読書特有の体験になっている」と阿久津さんは語る。

読書がうまくいっているときは、物語の場所なり時代なりにすっと行っている。電車の中で仕事帰りに小説を開いても、突然1970年代のイタリアに自分がいるというか、少なくとも今ここではない場所にいる状態ですよね。

でもその状態って、すごく脆いものだと思っていて。近くの人の話し声が耳に入ってきた瞬間に、”今ここ”に引き戻されてしまう。だから今ここじゃない場所にいるのを支えてくれるような、不本意に現実に引き戻されない音楽が読書にあるといいなと思いますね。

「ひそひそ声では話さない」というルールがあって

—フヅクエ店舗の「案内書き」 にも音に関するマナーが多くありますよね。本のページをめくる音や「いらっしゃいませ」の声という自然発生的な音はOKで、意図的に出す読書とは目的が異なる音はNGになっている印象を受けました。

「たしかに快適に本の読める状態」を守るために、映画上映前の鑑賞マナーのように、お客さんに協力いただきたい内容が「案内書き」としてまとめられ、オーダー時に読むことができる。Webサイトでも文章として繊細なニュアンスと共に読むことができる。

パソコンのエンターキーとかマウスのクリック音がそうなんですけど、意識にアタックしてくる音ってありますよね。人間の脳は非連続的な差分を検知するらしくて、一定の静けさのある状態から突然音がパチンとなると、意識に音が入ってくるんですよ。でも同じ音量で「パチパチパチパチパチパチパチ」って音が続いていたとすると、逆にだんだん気にならなくなるんです。

—爆音のノイズを静かに感じる話と似ていますね。

そうそう、もう本当にノイズと同じで。だから非連続的な差分というのは、予期のできなさも影響していて。「ペン先の出し入れ」という項目で「パチパチする音が響きやすいので慎んでください」という案内書きがありますけど、押してる本人は予期できている音だからびっくりしないんですよね。でも周りからすると、いつ鳴るのか分からない音になるという。

—確かに、お客さんが来たときに「いらっしゃいませ」とお店の人が言うのは予期できますもんね。

挨拶やお会計で僕らが発する声に関しては別の意味もあって、音環境に抜けを作るという意識を持っています。ずっと黙々と集中して読んでるのも張り詰めていく気がするので、すぐに終わることが分かっている人と人のやり取りによって、ときどき空間に抜けを作りたいなと。僕らがすごくちっちゃな声でオーダーを取ったりしていると、逆に緊張感を生んでしまうというか。

フヅクエで働くスタッフは、お客さんの読書を邪魔しないように、様々な音に気を遣っている。足音や物を置く音、電子レンジのドアの閉め方など、さまざまな物音に意識を向け、なるべく音を出さないようにしているという。「いかに一般のお店が物音を大きく立てているかを実感する」と阿久津さんは語る。

フヅクエで働く上での基本的な所作の1つとして「ひそひそ声では話さない」というルールがあって。(ひそひそ声になりながら)”こういう風に声をひそめて喋ると、shの音というか、シーッという音になりますよね。この音って、逆に空間を切り裂く音だなと思ってて。

よく学校とかで「静かにしてください」って時にシーッてやるじゃないですか。あれってうるさい環境でも届く音だから使われるんだと思うんですよね。ひそひそ声がアテンションを集められるというか。

—面白いですね。「シー」は意識にアタックしていく音だったんですね。

単純にボリュームを絞って喋る方が、多分お客さんにとってうるさくないんですよね。

—逆にこれを覚えておけば、意図的にひそひそ声を活用できそうです。笑

ちょっと面白いですよね。笑

プロフィール

阿久津隆

1985年栃木県生まれ。埼玉県大宮市で育つ。慶應義塾大学総合政策学部卒業後、生命保険会社に入社。2011年に退職し、配属先の岡山県でカフェの経営を始める。2014年、フヅクエを東京・初台でオープン。著書に『読書の日記』『読書の日記 本づくり スープとパン 重力の虹』(ともにNUMABOOKS)、『本の読める場所を求めて』(朝日出版社)。

プロフィール

fuzkue

本の読める店 フヅクエ。本を読んで過ごすことに特化した店。快適な読書環境の実現のためにさまざまな工夫を凝らすことによって、約束された静けさの中で、気兼ねすることなく滞在することができるように設計されている。初台、下北沢、西荻窪の3店舗。

執筆・編集:石松豊

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