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PROJECT 7

植物園でサウンドインスタレーション。東京大学 memu earth labが伝えたい「小さな音を聴く」意味

2024.07.08

2023年9月に東京・小石川植物園で、9組のアーティストによるサウンドインスタレーション『Sounding Garden of Koishikawa』が開催された。

テーマは「小さな音を聴く」。目に見えない情報の深さを測る行為「サウンディング」をキーワードに、音を介して植物と人の関係性を”再読”する研究プロジェクトだ。

主催は東京大学のmemu earth lab。北海道のメムを拠点に、様々な場所で研究活動を行っている。今回のサウンドインスタレーションを企画した森下有に背景を伺うと、「音から世界との向き合い方を学ぶ」という未来の教育にまで話が及んだ。

その場所の声を聴くという態度も伝えられたら

—『Sounding Garden of Koishikawa』を開催しようと思った背景を教えてください。

普段は北海道のメムという近自然で研究活動を行っているのですが、今回は都市の植物園で、音を介した「再読」の実験をしたいと思ったんです。

『Sounding Garden of Koishikawa』を企画した、東京大学生産技術研究所特任准教授でmemu earth labに携わる森下有。

僕の専門分野は「建築」なんですが、「建物」のみを研究している訳ではなく、ある環境全体の築かれ方について考えています。家があって、草が生えていて、木があって、そこで人がどう生活しているのか。目の前の環境をどう読み解いていくかという意味で、「再び読む = 再読」という言葉を使いながら研究しています。

—人の動きも含めて、空間を建築していくという考え方なんでしょうか。

そうですね。再読では「音」を重要な情報のひとつとして捉えています。音をきっかけに、視覚情報だけでは読み取れなかった情報が見えてくるんです。環境全体の世界観や、そこにある音と人間の関係性を記録するような行為として、フィールドレコーディングを活用しています。

音を介した再読では、フィールドを歩きながら、落ちている石を見て「昔ここにいた人たちは、これでどういう音を出してたんだろうね」と歴史や人間の本能を考えたり、「この石はこういう音がするんだけど、それはどの山から流れてきたからかな」と地層を読み解いたりする。同じ景色でも、歩く人によって違う音が聞こえてくるという。

フィールドレコーディングを通して環境に聞き入るうちに、音を鳴らしながら読み解くという手法に興味が湧いてきて。例えば北海道では凍った沼の上で音を出したりしていたのですが、今回は都市の近自然空間ともいえる植物園でやりたいと思いました。

植物園内の特徴ある空間ごとに存在するであろう音を鳴らすために、2022年12月から音源制作の公募を開始。様々なアーティストのアイディアを取り入れながら一緒に研究していくことは、公募研究としても新しい取り組みだった。

—テーマ「小さな音を聴く」には、どんな意味が込められてるんでしょうか。

音を鳴らしながら環境を読み解くとき、自分たちの音が大きすぎると環境にある音が消えてしまいますし、逆に小さすぎると自分たちの存在が不確かになる。環境に存在する様々な音を聴きながら会話するというか、「自分たちの声で全てを消してしまうのではなく、その場所の声を聴く」という態度も伝えられたらいいなと思い、このテーマにしました。

「小さな音を聴く」という言葉の引用元となった本「音を聴く 音楽の明日を考える」。1970年代の西ベルリンに滞在していた著者・一柳慧が出会った小学校の音楽の授業では、耳を澄まさないと聴こえないこないくらい小さな音しか出ない楽器を使って、音への集中心を養い、子供たちの繊細な感受性を育てていたという。小さな音も疎かにしない心を育むことに共感し、テーマとして掲げた。

—会場が小石川植物園になったのは、どんなきっかけだったのでしょうか?

東京大学の附属施設である小石川植物園。日本最古の植物園であり、東京ドーム3.5個分の面積に約4,000種の植物が栽培されている。会期の9月頭はまだ暑く、セミの鳴き声が響き渡っていた。

東京大学附属小石川植物園の研究者が、memu earth labの活動に参加してくれていたことがきっかけですね。小石川植物園って、近所の方にとっては公園のように日々散歩する場所でもあったりしますが、昔は幕府の薬草園、療養所、関東大震災の際には避難所として使われたりと、人を癒してきた歴史を持ちつつ、今は東大が最先端の研究をしていたりと、面白い場所なんですよ。

植物学の分野では、分類研究は一定の成果に到達し、今は「植物が虫や動物など他の生物とどのような関係性の中で生きているか」という観点に議論が移っていると言う。関係性を提示するという意味で、小石川植物園でも植物と虫を同時に展示する取り組みも始まっている。

普通に植物園を歩いていると見過ごしてしまう過去の風景や研究の視点を、音をきっかけに伝えたいというのが今回の取り組みでしたね。それと同時に、未来の植物園の姿を想像してみたいというのもありました。

—未来についても考えたいのは、なぜでしょうか?

場所や空間、建物を作るという行為には、どのような未来を目指して空間を作っていくかを考える責任があると思うんです。建物や場所づくりには多大な資源やエネルギーが使われますし、何十年にわたっていろいろな思い出や人との関わり、記憶ができていきます。目の前の環境を読み解いた上で、今どうすることがひろい未来の可能性に繋がるかを考えたいんですよね。

音に対する感受性が拡張されて世の中に戻される

—作品の設置箇所は、どのような観点で選んだのでしょうか?

植物園にとって重要なロケーションを選んでいきました。例えば膨大な植物標本のコレクションは植物園が存在する意義でもあるんですけど、普段は説明する機会、存在を共有する機会が少ないんですよね。

9つの作品が小石川植物園の園内に設置された。井戸や冷温室、普段は入ることができない本館地下など様々なロケーションが選ばれている。

関東大震災の記念碑も同じですね。ちょうど100年前の1923年9月1日に地震が起きて、植物園が避難所になったんです。でも現在の若い世代が記念碑という石と向き合っても、経験していない過去を想うのは難しいですよね。音を介することで、当時の風景や雰囲気に想いを巡らせるきっかけを作れるんじゃないかと思ったんです。

関東大震災記念碑 × aus / Mayuko Hitotsuyanagi『Melodia Memoriae』。6つのスピーカーを木の上や石碑の奥など立体的に置き、空間全体で音が聴こえてくる。

—記念碑の傍に設置されていた作品は、どこか鎮魂のようで、植物が見てきた100年前の風景を想像しながら心が落ち着いていきました。

この作品は、100年前の童謡を「記憶の再読装置」として取り上げています。当時の楽曲をカセットで流すだけでは、音は過去の情報として受け取られてしまいがちです。「歌」が記憶のスイッチを入れるという、人を能動的にさせうるアプローチが面白かったです。

作品によっては2種類のアーカイブ音源を公開している。ロケーションレコーディングには、セミの音など周囲の音が入ったフィールドレコーディング音で、サウンドインスタレーション当日の雰囲気を味わえる。サウンドトラックは流していた音源そのままで、違う季節や場所に合わせて聴くことができる。

—各作品の制作を進める中で、アーティストと研究者で対話するプロセスはありましたか?

全員ではないですが、研究者と深くやり取りしたアーティストの方もいらっしゃいます。特に魚住さんは望月先生の研究室に何度も訪問し、植物が放つ香りの分析から音の繋がりを生み出していきました。専門的になりすぎず、概念的な浅い理解でもないというバランスを作ることができていたと思います。

GC-MS 研究室 × Sonir([Yuta Uozumi], a.k.a. SjQ) and 望月 昂『chroma;chrono (花香を音楽に)』。高精度の分析装置で花の香りを分析し、各成分の特徴を変換したプログラムを用いて音楽を奏でている。

—花香の作品は地下にあったので、地上に戻ったときに音の聴き方が変わっていて面白かったです。虫や風の音も植物との関係性の中で生まれている音だから、それらも含めて植物園の音なんだと伝えてくれる作品に感じました。

改めて周りの環境のことを考えさせてくれる仕組みとして、面白かったですよね。作品の音を聴いて離れると、静かになるのではなく、環境の音が大きく聞こえてくる。音に対する感受性が拡張されて世の中に戻されるというか。

植物は無秩序に広がっているように見えて、実は種毎に”niche”(ニッチ)と呼ばれる、それぞれの生息空間を持っており、それらが有機的なパズルのように関連し合う形で植生が広がっています。

(中略)

それは、音と音が生命として連なり、時として凪ぐ、「音が連鎖・連環する場 (Sonotope)」による音楽です。外の植物園で聞こえてくる、葉擦れや虫、風といった音も同様の連鎖によって紡がれ、連なり、層を成し、時に凪ぎます。貴方が本館の外に出た時、この音楽は続いているでしょうか。

Sonir – soundinggarden.org

—大きな銀杏の木の前にあったオルガン作品も、鑑賞者が弾くことができるという意味で、音の聴き方が変化する作品に感じました。

銀杏の木 × 野口桃江『Harmonia Natura (自然と調和するためのオルガン)』。樹齢約300年の大きな銀杏の樹の前に、医療施設でも用いた古いリードオルガンを設置。鑑賞者は、音を響かせることで自然と調和していく。

この作品は唯一、音源ではなく関係性そのものを用意したものなんです。来た人がオルガンに触れることで、銀杏の木という存在があらわになる。音源が聞こえるから空間に入るのではなく、自分でオルガンを弾くことで空間に入り音が聞こえてくる、というプロセスも他の作品と違いましたね。

自分の目の前の世界を見るときは、全部聞こえているべき

—作品に触れた来場者からは、どんな感想が届きましたか?

普段から植物園に来られている方に「こういう音があるのもいいね」と言ってもらいました。音が存在する意味をお互い感じ合えてよかったですね。

音楽となると急に人集めのイベントになったり、流すのに特別な許可が必要になったりするんですが、もっと色々な場所に音があっていいはずなんですよね。ただ生活の中に音があるというか。普段は音が聞こえていない場所に小さな音が存在し始めるというのは、音の意味をもう一度考えるきっかけとして、社会的に重要な活動なのかなと感じましたね。

memu earth labは、2021年から病院で自然の音を用いた楽曲を流す実験「Otocare」を行っている。看護師さんからは音自体が人を癒すというより「音が存在することで、患者さんとのコミュニケーションがとりやすくなった」と、人と人の関係性が変わったという声が多かった。

アーティストや作品がきっかけでサウンドインスタレーションを知った方からは、「こういう場所があったんだ」と初めて小石川植物園を認知する声が多かったですね。彼ら彼女らの中に植物園が存在するようになったというか。植物の研究にも興味を持ってくれていて、すごく良かったと思いますね。

—今後やっていきたいことはありますか?

今回の活動から、次に繋がるヒントをいろいろ得られたんです。画像から楽譜的なものを考えることや、音を鳴らす媒体そのものを作り込むことなど、音の専門家じゃない僕から見た音の面白さというか。

イソドン研究室 × 安齋励應『Ambisonic Machine : Isodon & Weevil (ムツモンオトシブミとハクサンカメバヒキオコシの翻訳機)』。虫が葉っぱの上を歩くことで音楽が演奏される。

ちょうどmemu earth labで、次々世代の教育について考えているところなんです。音をどうやって学ぶか、音にどうやって触れていくかを考えるときに、今回のヒントが活きてくると思っていて。

小中学校の音楽の授業って、吸音材で囲まれた音楽室で五線譜に引かれた楽譜を決まった楽器で演奏していますよね。何かの正解が求められてしまうこともある。そして高校に行くと音楽や芸術の授業が突如となくなって、物理として音を扱うようになる。その切り替わりも不思議ですよね。

これからの学びでは、環境の中にある音も含めて音楽というのを学んでいく気がするんですよ。その辺の石で音を鳴らしてもいいし、畳の部屋で変わる音の響きを楽しんでもいい。今はみんなで一緒に歌うことを大事にしているけど、そもそも同じ音を奏でても聞こえている音はみんな違うんですよね。

もっといろんなアプローチで音に触れていってもらいたいですね。理学や農学、建築など専門性を深めるのは後の話だと思っていて。自分の目の前の世界を見るときは、全部聞こえてるべきですよね。他の人を無視して、自分の聞きたいことだけ聞いて生きていく訳では決してないので。そういう態度を伝えていきたいですね。

プロフィール

森下有

ロードアイランド・スクール・オブ・デザインにて建築と芸術の学士を、ハーバード大学デザイン大学院にて建築理論・歴史の修士を、東京大学大学院 学際情報学府にて博士号を取得しました。多様な場所が奏でる固有の情報に聴き入ることに関して模索しています。UTokyo Ushioda Memu Earth Labにて、資源再読フィールドワークを通して既往の関係性を再構築する研究を、その研究の舞台となる研究キャンパス、Memu Open Research Campusの運営をしています。

プロフィール

memu earth lab

東京大学のリサーチプロジェクト・memu earth lab。北海道のメムを拠点に、目の前の環境を可能性の束として再読し、それぞれが生かされる関係性へと再構築する活動を行っています。

プロフィール

Sounding Garden

Sounding Gardenは、都市に位置する植物園を舞台に、都市というコンテクストにおいて生物が高密度に存在する空間が持つ可能性の束を、音という情報を介してより多くの方々と関係づける、リレーションを試みるプロジェクトです。

執筆・編集:石松豊

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