MAGAZINE
ARTIST 6
読書やアンビエントがもたらす、安心感のある孤独。Tomotsugu Nakamuraに聞く「読書のための音楽」制作背景
2024.10.26

サウンドアーティスト・Tomotsugu Nakamura。アート・アンビエントレーベル『TEINEI』を主宰し、国内外で複数の作品をリリースしている。2023年には坂本龍一の追悼コンピレーション・アルバム『Micro Ambient Music』にも参加した。
この数年は「読書のための音楽」を制作したり、オンライン読書BGMに出演したりと、読書関連の話題も多い。更に11月には「読書と静かな即興演奏」イベントにも出演が決まっている。プライベートでも読書が好きで、図書館にもよく通うという。
「読書のための音楽」の制作背景や、好きな本と音楽制作の関係性などを伺うと、「ひとりの時間」の必要性や「安心感のある孤独」についての話へと広がっていった。
「Literature」は文学という意味なので、なんとなく通じたのかなと
—先日「読書のための音楽」をテーマに「本の読める店 fuzkue (フヅクエ)」の阿久津さんに取材したのですが、フヅクエ西荻窪店の音楽はナカムラさんが作られてたんですね。
そうですね。2022年にオリジナルBGMを制作しました。

—どのような経緯だったのでしょうか?
当時の西荻窪店のオーナーがアンビエント好きな方で、もともと店内のレコードプレーヤーでも自分の音楽をかけてもらっていて。それで西荻窪店の一周年のタイミングで、読書のためのBGM音楽の制作を相談いただきました。


フヅクエ西荻窪(現在休業中・新オーナーで近々再開予定)。半地下で横長のスペース。「洞窟を感じさせるが、エントランス付近は昼間だと光が多く入って居心地よい」とTomotsugu Nakamuraは語る。
2020年にリリースしたアルバム『Literature』もよく聴いてくれていて、読書に合うと思ってもらってたみたいで。たまたまですけど『Literature』は文学という意味なので、なんとなく通じたのかなと。
Tomotsugu Nakamura『Literature』。2020年にフランスのレーベル・Laapsからリリースされた。3曲目の「stellar burial(直訳:恒星の埋葬)」は、小説のタイトルを意識して名付けたという。
積極的に孤独を楽しむ場所なのかな
—オリジナルBGMの制作時は、どんなことを意識したのでしょうか。
僕も本を読むときに音楽をかけることがあるんですが、音量をすごく小さくするんですね。普段が40だとしたら、もう5くらいで。だから小さな音で流しても成立する音楽にしたいと考えてました。ロックやダンスミュージックみたいに、積極的に聞く音楽とも違いますし。
Tomotsugu Nakamuraは、例えばF.S. Blumn, Nils Frahm『Music for Wobbling Music Versus Gravity』を読書中に流す。ジャンルはアンビエントに限らず、クラシックやジャズなど、歌のない音楽であれば様々という。
—読書のお供として、ささやかな存在として流れるような?
ちょうどいい感じになればいいなと。あと僕はあまり集中力がない方で、本を読んで没入してても現実に戻ってきちゃう時があるんです。だから戻ってきた時に、鳴っている音楽が邪魔に感じないように気を付けました。
—僕も本を読んでいてふと現実に戻る時があります。その時に本で得た感動をゆっくり味わえるというか、余韻に浸ることを支えてくれる存在としての音を目指されてたんですね。
そうですね。

制作時に意識していたことがもう一つあって。フヅクエさんに来る方がどんな本を読まれるか分からないので、ミステリーでも純文学でも、哲学書でも馴染むように、オールマイティなアンビエントにしたいと考えてました。感情的に楽しくなったり、悲しくなったりする要素は入ってないはず。
—何か参考にした音楽はありますか?
何だろう…音楽より本を読む体験を元に作っているのかもしれない。ちょうど西荻窪店っぽい夜のライティングを自宅で再現できたので、実際に制作中の曲を流しながら本を読んだり、ぼーっとしてみたりもしました。

やっぱりお店の雰囲気に合うことが重要なので、フヅクエさんのイメージにも寄せながら制作を進めていきましたね。
—フヅクエはどんな場所のイメージだったんですか?
なんかね、安心できる場所。避難場所というか、ほっとできる場所というか..。あと、積極的に孤独を楽しむ場所なのかなってちょっと思ったんですよね。

—確かに、ひとりで読書をするために数時間滞在するような場所ですもんね。日々から少し離れられる感覚も分かります。
誰かと一緒に行く方もいるかもしれませんが、読書してる時ってひとりなんですよね。だからひとりの時間を体験しに行く場所というのもあるのかなと思ってました。
きっと完全な孤独じゃないんでしょうね
—僕はひとりの時間がときどき欲しくなるんですが、ナカムラさんはひとりの時間が必要なタイプですか?
すごく必要なタイプですね。でも人といることが嫌いとかでは全然なくて。逆にひとりの時間があることで、人といる時間の良さが際立ってよく見えたりもしますね。
—ふと思ったんですが、アンビエント的な音楽も、複数人で聴くというよりかはひとりで聴く印象がありますよね。
あります。それはライブの時の悩みでもありますね。個人で楽しむ音楽を、複数人が集まる公の場でライブすることになるので、どういう態度で臨むのが正しいのかいつも分からなくなります。
—なるほど。先日「読書と静かな即興演奏 – vol.1」のイベントを開催したとき、近い話を出演者(Yuka Akatsu)ともしました。ライブはひとりひとりに向けても演奏するけど、全体の雰囲気と呼応しながらも即興演奏していったそうです。例えば物音が少し聞こえたら、ピアノでもちょっと抑揚をつけたり。読書という「ひとりの時間」を過ごす人たちが複数人で集まっているのは、少し特殊な環境ですよね。

この「ひとりの時間」というのは、きっと完全な孤独じゃないんでしょうね。フヅクエさんが提供している安心感と似たものがあるのかも。フヅクエさんへはひとりの時間を楽しみに行くけど、店内には読書という同じ行動をしている他の方がいるじゃないですか。別にその人と話すわけじゃないけど、なんとなくその場を共有しているだけで、孤独感とかは感じてないと思うんですよね。
—そっか、社会的な孤独ではないんですね。自分と同じ音楽が好きだったり、読書が好きな人が近くにいるという安心感。普段の生活だと、喋らずに誰かといる時間ってあまりないですもんね。
よく考えると不思議な空間ではあるんですけどね。でも、そういう時間っていいですよね。
もはや全然脈絡のない話が好きなんですよ
—ナカムラさん自身は、普段本を読みますか?
読みますね。量は昔より減ってますが、図書館に通ったりと読み続けています。純文学を読んだり、哲学書を読んだり。僕、5冊ぐらい並行して読むんですよ。
—同時に5冊も?
別に5冊を一週間で読み切るとかではなくて、下手したら一ヶ月とか二ヶ月かかるんですけどね。笑 なぜかと言うと、その時々で読みたい本の気分が変わるんです。例えば仕事が終わった直後に純文学を読む気分にはあまりならなくて、実用書や軽めのエッセイを読んだり。逆に純文学は休日の夜に読みたくなりますね。
—気分に合う本を選ぶのは、音楽を聴く時と似ていますね。
そうかもしれないですね。現実逃避したい時はだいたいファンタジーを読んでます。笑

ちなみに石松さんはどういう感じで読んでますか?
—最近は文庫本の小説ばかり読んでますね。複数を並行して読むことはあまりないですが、今は読んでいる本(瀬尾まいこ「君が夏を走らせる」)が良すぎて、先を読みたくなくて2冊目に手を出しているところです。笑
僕もそういうのあります。好きな本に出会えたときって、終わって欲しくないですよね。読書好きの友人も、読み切るのがもったいないから最後の数ページを読まずに残しているそうで。一応「事故とかで死ぬなよ」とは言ってます。笑
—ナカムラさんも複数の本を読んでいると、楽しみが複数あるような気持ちになりますか?
そういう気持ちにもなりますね。この本はこの本で先が楽しみだし、あの本はあの本で楽しみがある。いつでもその楽しさに戻れるような感覚もありますね。

—これまでに読んだ本で、音楽活動に影響しているものはありますか?
内容というよりかはタイトルなんですけど、『偶然の音楽』は音楽を作っているときにいつも思い出す言葉です。楽曲に偶然性を取り入れることが多いんですよね。内容は全然音楽の話じゃないんですが。笑

—偶然性を意図的に取り入れているのでしょうか?
感覚的な部分もあるのですが、敢えて自分がコントロールできない方法で音を出したりしますね。例えば重力をシミュレートしたアプリで音を跳ねさせたり、特定のパラメータが調整できないシンセを使ったり。
—なんとなくですが、偶然性のある音の方が聴き方や聴く気持ちに余白があるように感じます。
余白で思い出したんですが、本の内容で言うと余白が残っているものが好きですね。解釈の余地が様々あるというか、もはや全然脈絡のない話が好きなんですよ。起承転結がはっきりしていなくて、「起承転転転転」みたいなものとか。
—特にオチがなかったり?
そうそう。分かりやすいストーリーが提示されなかったり、感情や情景が説明的すぎなかったり。本だと「行間を読んで欲しい」って言うじゃないですか。この感覚は音楽制作にも影響を与えていそうです。「音楽の行間を読んで欲しい」みたいな。

自分の音楽を敢えてジャンル分けすると、アンビエントとエレクトロニカの間を行ったり来たりしていて。エレクトロニカに近づくほど型が強くなる感覚に対して、アンビエントは自由な存在になっている。なんとなくですけど、自分が好きな物語における文章の「しっかりし加減」と、作りたい音楽の「しっかりし加減」が、シンクロして影響を受けている部分があるかもしれないです。
皆さんが本を読む代わりに、僕は音楽を演奏する
—今回のUcuuu主催イベントでは、「読書と静かな即興演奏」がテーマとなります。読書中の参加者へ向けたライブは初めてですか?
リアルの場では初めてですね。オンラインライブでは、石松さんが企画したイベントの時に読書を意識して演奏しました。
Ucuuuを運営する石松豊がコロナ禍に企画したオンライン読書BGMライブ『Music For The Story II』。Tomotsugu Nakamuraを含めた合計15組が出演し、毎週日曜の夜に5週連続で無料の配信ライブを行った。
—どんな内容にしたいですか?
ひとりの時間を楽しみに来ている方たちと、共鳴し合える場を作りたいですね。皆さんが本を読む代わりに、僕は音楽を演奏します。お互いに楽しめたらいいなと思いますね。
あとはライブに偶然性を取り入れたいので、公開収録のような形でやってみようとは考えています。演奏時間もたっぷりあるので、その場で楽曲を作ってみたりと、ゆるくできたらと。いいループができたらちょっと休んで、僕も本を読んだりしようかな。笑

プロフィール
Tomotsugu Nakamura
東京都在住のサウンドアーティスト。楽器とフィールドレコーディングを同時にプロセッシングする手法で独自のサウンドを奏でる。電子音とアコースティックのバランスがとれた音像が特徴で、 これまでにLAAPS(仏)をはじめとするの国内外のレーベルから作品を多数リリース。近年は、音楽と音の境界をテーマにギャラリーや読書カフェなどの音空間演出なども手掛けている。2023年にはドイツの音楽批評家賞”German Music Critics Award” Electronic & Experimental部門を受賞した坂本龍一の追悼アルバムmicro ambient musicに参加。2024年には東京都新宿区のNTTインターコミュニケーション・センター[ICC]にておこなわれている坂本龍一トリビュート展にライブ出演。
執筆・編集:石松豊
-
COLUMN 4
2025.02.13
「読書と静かな即興演奏 vol.3」参加者が選ぶ「読書のための音楽」青葉市子、yatchiなど
Moskitoo出演のイベント参加者がおすすめする音楽を紹介
-
ARTIST 10
2025.02.05
人も音楽も、本来は自然そのもの。「心の動き」を奏でるYoko Komatsuが、お香付きアルバム『あえか』に込めた想い
香りが深める、音楽による心の動き。Flussや好きな本の話も
-
ARTIST 9
2025.01.11
Moskitooが紡ぎたい、意味を超えた世界につながる音楽。好きな書籍から紐解く「音と言葉の関係性」
刺繍と詩集、語られざる詩片。11年ぶりの3rd アルバム『Unspoken Poetry』の制作背景
-
Screws
Nils Frahm
終始穏やかで、冬の朝の陽だまりの中でまどろんでいるような感覚を味わえます。
Yoko Komatsu
-
PROJECTIONS OF A CORAL CITY
CORAL MORPHOLOGIC & NICK LEON
柔らかい音像の中を、クラゲやサンゴになって流れに身を委ねているような、海の静けさやゆらめきを感じさせる音楽ですね。
Moskitoo
-
Tumbling Towards A Wall
Ulla
厭世的なのに人肌も同時に感じて、水の中で空を眺めているような気持ちになります。
aus
-
death has light
別野加奈
圧倒的な白い光の中で、生命としての熱や発光を見つめ、受け止めてくれる。
石松豊
ABOUT
生活風景に
穏やかな音楽を
『Ucuuu』は、穏やかな音楽のある生活風景を紹介するAmbient Lifescape Magazine(アンビエント・ライフスケープ・マガジン)です。
アンビエント、エレクトロニカ、インストゥルメンタル、アコースティックギターやピアノなど、「穏やかな音楽」は日常にBGMのように存在しています。
木漏れ日のように、日常に当たり前のようにありながらも強く認識はせず、でも視線を向けると美しさに心癒されるような「穏やかな音楽」の魅力を多面的に発信しています。
