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ARTIST 18
この世界は愛にあふれている。ピアニスト・Yoko Komatsuが「あなたが、ひかり」と歌う新アルバムに込めた願い
2026.04.23
撮影:篠原智之
自然の揺らぎのような穏やかさをまといながら、繊細な情景を描き出すピアニスト・Yoko Komatsu。今回、その新たな側面を照らすような、自身初となる歌の作品『ひかり』がリリースされた。
楽曲を聴くと、これまでのピアノ作品と同じように、Yoko Komatsuらしい感性がそのまま素直に、歌の言葉や音に現れている。ある意味で、本作はこれまでで最もYoko Komatsuの音楽観を真っ直ぐに表現したアルバムと言えるかもしれない。
『ひかり』に込められた、息子への願い。そして福島出身として震災や復興に向き合ってきたまなざし。今のYoko Komatsuだからこそ未来へ宛てることのできる、紛れもない「光」の歌たちの制作背景を、たっぷりと伺った。
声にぐっとくる瞬間が、生きていく中でいろんな場面にありました
—今回、初めて歌のアルバムをリリースすると聞いて、少し驚きました。どのような経緯があったのでしょうか?
なんとなく「次は絶対に歌の作品にする」という感覚が、この1年くらいずっとあって。歌の楽曲は以前から折々に生まれていて、これまでに4曲あったんです。それらをまとめたい気持ちはあったものの、なかなか決め手というか、きっかけがなくて。

だけど、去年の12月にピアノを弾いていたとき、その日の光がすごく気持ちよくて。それに導かれるようにピアノと歌のメロディーが出てきたんです。そこから表題曲の『ひかり』が生まれて、アルバムとして完成させることができました。初めての歌の作品なので、どんな風に広がるのかどきどきしています。
—歌の作品という新しい試みを進めるにあたり、何か心境の変化があったのでしょうか?
自分ではあまり気づいていないのですが、山梨の環境が大きいのかもしれません。この前、久しぶりに会った友人に「顔が変わったね」と言われて。より素直になったのかな。自分と外の世界との風通しが良くなって、いろいろなことがナチュラルになった気がします。
だから、歌についても、以前は「私がメッセージを伝えるなんておこがましい」みたいな感覚があったのですが、今はそういう気持ちがなくなって、「伝えてもいいかも」と思えるようになりました。


山梨の風景 (撮影:Yoko Komatsu)
家でピアノを弾いていても、外の緑や空が目に入ってくるので、ふわ〜っと感化されるというか。前よりも風を感じるようにもなったかな。山梨の空気や自然を日々感じながら、この土地に対して「ありがとう」と思って毎日を過ごしています。
—ピアノと歌の楽曲では、制作するときの意識に違いはありますか?
楽曲が生まれてくる過程は、あまり変わらないかもしれません。歌を作りたいと思ってピアノを弾くこともありますが、基本的には降りてくるというか、ふと感じた流れに任せて、すっと音や言葉が出てきます。それがたまたま歌のメロディだった、というような感覚です。
Yoko Komatsu『ひかり』。タイトルには、これまでに生まれた歌を見つめ直したときに、どれもが”ひかり”を見つめ、想っていたことを受けて名付けたという。
ただ、ピアノの楽曲はそれぞれの情景や心の感覚を音にするという意識が強いから、歌の方がメッセージがこもっているのかも。誰かにメッセージを届けたいというわけではないのですが、今の自分の在り方として、言葉として音楽にしたかったという感覚かもしれません。
—アルバムの説明文には「音楽のはじまり 声へとかえる」という言葉もありました。小松さんにとって、歌や声はピアノと比べてどのような存在ですか?
声って特別だな、とずいぶん前から感じています。楽器であるピアノと比べて、声とか歌は「自分そのものが出している音」で、しかもすべての人が持っている「その人だけの音」なんです。
そして、地球に空気や物質があることで声は響き、声を出せるからこそ音楽が生まれてきた。声は、いろいろな奇跡が重なって、昔から当たり前のように存在しているんです。
Yoko Komatsuは幼少期から歌うことが好きで、ポップスでは宇多田ヒカルが特に好きだった。「いつか自分で曲を作ったら歌いたい」という気持ちは、高校生の頃から生まれていたと語る。
私自身も、声からエネルギーを感じることが多くて。東京にいた頃、ピアノを教えていた子どもたちの運動会に行ったことがあるんです。何十人もの小学生が声を合わせて応援する瞬間があって、それを聞いただけで涙が出てきてしまって。そういう、声にぐっとくる瞬間が、生きていく中でいろんな場面にありました。
「静けさ」を知る時間に、とても感激したんです
—ここからは楽曲について伺います。1曲目「静けさ」は、歌のない即興演奏のような曲ですが、どのような意図で収録されたのでしょうか?
Yoko Komatsu『静けさ』。一発録りで収録されている。最初は歌のアルバムに合わせて声を入れることも考えていたが、録音する日の朝にふと「涙屑の奏で」の音を入れたいと思い立ったという。
歌のアルバムといいつつも、1曲目は即興で録音したいと思ったんです。というのも、幼稚園で行った演奏会での気づきが理由にあって。
—昨年開催された、ピアノコンサート「静けさを抱く」ですね。
はい。息子の通ってる幼稚園は、モンテッソーリ教育に力を入れていて、その活動のなかに「静粛のレッスン」というものがあるんです。先生が鈴をチリンと鳴らすと、子どもたちは目をつぶって耳を澄ます。またチリンと鳴ったら目を開けて、目をつぶっている間に何の音が聞こえたかみんなで話し合う。まるでジョン・ケージの『4分33秒』のようだと、この「静けさ」を知る時間に、とても感激したんです。
「静けさ」を大事にすることは、とても音楽的でもあるし、自分の心に向き合うためにも必要な感覚ですよね。だから、幼稚園での演奏会にも、ここで演奏する意味としても、この「静粛のレッスン」を取り入れようと思いました。

当日、子どもも大人も、そして私も、同じように静けさを聴きました。そして、静かに「涙屑の奏で」を奏でてから、少しずつピアノの音を置いていき、楽曲の演奏へと移っていきました。すると、皆さんがじっくりと耳を傾けてくださって。
だから今回のアルバムも、その体験をなぞるようなイメージで、より深く作品に触れてほしいなと思い、1曲目にしました。
—「静けさを聴くこと」は、普段あまり意識しない感覚ですよね。耳を開いたうえで音楽を聴くことで、余白や余韻をより感じられそうです。
そうですよね。耳を澄まし、心を開いたところに響く音は、きっと全然違うのだろうなと、とても大きな発見でした。
—楽器「涙屑の奏で」は、どんな響きが気に入っていますか?
小さな粒がころころ、きらきらとしているような音が、昔から好きなんです。耳を澄まし聴こえてくる、ささやかな音「涙屑の奏で」は、特別に美しくて、ここではないどこかへ誘ってくれるような、そんな響きをとても気に入っています。


金属創作家・篠原智之によるオリジナル楽器「涙屑の奏で」。南米で雨乞いの儀式に使われていたレインスティックから着想を得て、ひとつひとつ手作りで作られている。Yoko Komatsuが2024年に大阪にある暮らしと寫眞の道具店・卉奏で演奏会を開いたときに、卉奏で作品を販売している篠原から贈られたという。(撮影:祢津良子)
あとは、音に偶然性があるところもときめきます。たとえば、風で葉が揺れる音って、偶然に生まれるもので、とても美しい。この演奏会の頃は、そういう自然的なピアノを弾きたいと思っていた時期でもあったので、たびたび演奏会に登場していました。
海には怖さもあるけれど、美しさもあるから
—2曲目「海へ」は、EP『awai』に収録されている「umi」の歌バージョンなんですね。どのような経緯で歌が付いたのでしょうか?
2019年に歌ものとして生まれ、そこから一度ピアノ曲「umi」としてリリースし、歌として完成したのは、2022年に開催した最初の『白読』演奏会のときです。ちょうど3月で、私は故郷が福島なので、震災のことを思い出していました。
Yoko Komatsu『海へ』。歌詞に出てくる「雨」には、水蒸気や雲、海など形を自由に変えながらも、想いが重なりながら時空を超えて循環していくイメージが込められている。最後の「泡」は、人魚姫のように存在がなくなりながらも、感情や心は残ることを想像した言葉という。
震災が起きた頃は音楽活動もしていなかったし、あまり何もできなかったという実感があって。その頃、周りで音楽をやっている方たちが、音楽で誰かの力になっていくような姿を見て、「いつか私もそうしたい」と思ったことが、今の活動を始める大きなきっかけにもなっています。
だから、この『白読』に合わせて、震災に気持ちを寄せる歌を作ろうと思ったんです。海には怖さもあるけれど、美しさもあるから、最終的に光の方を向けるような曲になれば、と思っていました。
—小松さんにとって「海の美しさ」とは、どのような瞬間ですか?
もともと海は身近にあったので、特別に好きという感覚はなかったんです。でも大学生のとき、夏休みに実家に帰った際に、父からビデオカメラをもらって。それでなんとなく翌朝、早朝からひとり電車に乗って、四倉海岸の海まで行きました。そのとき、はじめて海に映る光の美しさに出会いました。

広くて穏やかな砂浜で、ぼーっと1時間くらい海を撮っていたんですが、それがすごくいい思い出になっています。小学生ぐらいの男の子が2人で遊んでいたり、犬の散歩をしている人がいたりと、それぞれに海を楽しんでいて。まだ太陽が低く、もやがうっすらかかっていて、とても美しい風景でした。
今でも思い出しますし、もう一度見たいとも思うのですが、一期一会、あの景色はあの瞬間だからこそ出会えたもの。そして震災後は高い堤防が建ち、以前の牧歌的な雰囲気からまた変わってしまいました。それでも、海の美しさそのものは残っていて。だから今回は、去年息子と初めてその海を訪れたときに録音した、海の音も楽曲に含めました。
以前は、もっと内面を歌っている曲だと思っていました
—3曲目は、2ndアルバム『cosui』にも収録されていた「あの湖で」の、ソロ歌唱バージョンですね。なぜソロであらためて歌おうと思ったのでしょうか?
あらためて今の自分で歌ってみたいと思ったんです。当時は音楽的にも人間的にもまだまだ未熟でしたし、コロナ前で、子どももいなくて、ひとりの時間を大切にしていた時期で、とにかく「私の心はどんな感じなんだろう」と内側を探っていた状態でした。
Yoko Komatsu『あの湖で』。2018年にFlussで開催したコンサート「あの湖で」に合わせて、自身が初めて作詞・歌唱して制作された。初夏の真夜中に目が覚めて、揺れるカーテンから漏れ差す月の光の綺麗さに見惚れ、「自分と月だけの時間」のような心地よい情景を描いたという。
今はそこを終えて、視点が高くなったというか、少し離れたところから自分を見ている感覚もあります。あとは、前よりも自分の声を理解できている実感もあって、より素直に声を出せるようになったかな。いろんな意味で、同じ楽曲でもまた違った形で録音されるのではと思い、あらためて歌おうと思いました。
—歌詞としては、真夜中の静けさに包まれながら、自分の心と対話するような場面を想像していました。今回歌ってみて、そのイメージから変化しているところはありますか?
私も以前は、もっと内面を歌っている曲だと思っていましたが、今は情景として感じていますね。もちろん当時の気持ちに重ねることもできますが、歌詞の見え方は少し変化していると思います。

ただ、こうして歌い続けることができたのも、演奏会で皆さんからいただく言葉たちのおかげなんです。歌の楽曲が「あの湖で」しかなかった頃でも、歌うと必ず褒めていただいて。そのたびに「声で届けられるものがあるのかもしれない」と感じてきたことが、今回の作品づくりを後押ししてくれたのだと思います。
心がぐぐぐっと締め付けられるような、気持ちが高揚する瞬間もあって
—4曲目「歌が、月の光に溶けていく」は、クラシックの作曲家、ガブリエル・フォーレの歌曲「月の光」のオマージュとして作られたそうですね。
原曲のピアノがとても綺麗で、そのメロディから楽曲を作りたいと思いました。クラシックの美しさを大切にしつつ、夏の切なさをイメージした私の響きも織り込んでいます。
Yoko Komatsu『歌が、月の光に溶けていく』。2022年にadagioで岡山・belk公演を行ったときに、新曲として生まれた。楽曲の後半で重なるコーラスは、即興的に録音されたものだが「イメージになかった響きになって気に入っている」と語る。
—夏の切なさというのは、どのような情景なのでしょうか?
夏のまだ暑い夕暮れに、濃い影を感じているような時間というか、少し物悲しいような気持ちでしょうか。フォーレの曲調にもそうした物悲しさを感じるので、その影響もあると思います。

—「クラシックの美しさ」については、どのように感じていますか?
うーん、言葉にするのが難しいですね。本当に奥深いんです。メロディは美しいし、展開も色とりどり。静けさもあるし、激しく目まぐるしくもあり、音量や響きにもさまざまな広がりがあって、心がぐぐぐっと締め付けられるような、気持ちが高揚する瞬間もあって。
味わい深くて、繊細さも深さもすべてある。美しくて涙が出る曲もあれば、かっこよくて悶える曲もある。本当にいろいろな感情になりますね。クラシックが大好きです。
—クラシックを通して、今の小松さんに与えている影響はなにかありますか?
クラシックピアノの学びのなかで得たものは、自分の心と身体、感情と向き合い、ピアノとその音楽と一体化して、目に見えない世界のひとつになることで見えてくる、全身で感じる感覚です。それは、何ものにも代えがたい、素晴らしく美しいものだと思っています。
今は、その感覚をより研ぎ澄まして自作曲を演奏していると思うので、クラシックだけを弾いていたころよりも、純度が高くいられている気がします。
今この瞬間にある光に目を向けることで、未来につながっていく
—5曲目「光のなか」は、復興ピアノの演奏会に合わせて制作された楽曲なんですね。4曲目までと比べると明るくて、目線が外にも広がっている印象を受けました。どのような想いが込められていますか?
ちょうど息子が生まれて、この世界が光にあふれていることを感じていた頃だったので、今生きていることを大切にしてほしいという気持ちを込めました。「いのちに溢れている」と歌っていますが、「愛に溢れているよ」と伝えたい歌ですね。
Yoko Komatsu『光のなか』。2023年のイベント”RESONANCE”に合わせて制作された。
2番の歌詞に出てくる「なみだ降る」という言葉は、息子が寝ている横で、雨の降る外を眺めながら家の電子ピアノを弾いていたときに、雨が涙のように見えてきて生まれたものです。悲しい出来事があっても、この世界の光や愛に目を向けて、そっと心の内側を自分自身で慈しみながら包んであげよう、という想いを込めています。
—福島出身の小松さんとしても、復興について特別な想いがあったのでしょうか。
震災は私にとっても大きな出来事でしたが、それも胸に抱えながら今を見ていきたいと思っています。もちろん深い悲しみはあるし、あのときの感情は消えないままそこにあります。でも同時に、この世界には幸せなこともたくさんある。影も光もどちらもあるけれど、今この瞬間にあふれている光に心を向けることで、未来につながっていくと思っています。

—小松さん自身が、光の方へ目を向けられるきっかけになったものは何ですか?
やっぱり息子が生まれたことかなと思いますね。息子を通して、この世界の光をたくさん見せてもらっているから、それを感じられるようになったと思います。以前から自然に惹かれていたのも、きっとそこにある愛や光に惹かれていたのだと気づきました。
いつか私がいなくなっても、この歌が残っていて
—6曲目「ひかり」は、アルバム表題曲ですね。歌詞で「あなたが、ひかり」と言い切っていますが、どのような想いが込められているのでしょうか?
この曲は、冬の光に導かれてメロディが生まれたのですが、今の気持ちを書きとめていたら、気がつくと未来の息子に宛てた手紙のような、素直な言葉に自然となっていました。
成長して、いろんなことにぶつかることもあると思うけれど、そのときに「あなたが、ひかり」と思い出してほしいと思っていて。いつか私がいなくなっても、この歌が残っていて、息子が聴いてくれたらいいなと思います。
Yoko Komatsu『ひかり』。12月に自宅でピアノを弾いていたとき、冬の柔らかい光に導かれて生まれた。
最後の「君の声を 聴かせてずっと」という言葉には、声という、生きているから出せる音を、ずっと長生きして聴かせてほしいという想いを込めています。「君を想うよ いつまでもずっと」は、たとえ私の身体がなくなったとしても、想い続けているよ、という気持ちです。
すごく私的でストレートな言葉だと思いますが、どこか普遍的というか、こういうふうに自分の子どもに対して思っている方がほとんどなんじゃないかな。わたしの母もそんなことを思ってくれてたりしたのかなぁとも。とても大切な曲になりました。
—小松さん自身が大切にしている価値観でもあり、同時に息子さんへの願いのようにも感じました。息子さんが生まれて、この世界の光や愛に気づいたという話もありましたが、成長していく中で、最近はどのようなものを受け取っていますか?
最近も、息子への感謝の気持ちがますます大きくなっていますね。心の中は、いつも平和です。

どんどん成長していくので、この先どうなるか分からないけれど、幼少期に親と子でこういう関係性があったということを、ずっと忘れないでいたいし、彼にも忘れないでいてほしいという思いもあります。溢れてくる想いを、言葉や態度でも、できるだけ「大好きだよ」と伝えるようにしています。
—「いつか私がいなくなっても」という言葉がありましたが、限りある時間の中で、小松さんがこれからやっていきたいことや、どう在りたいかについて、何か考えることはありますか?
最近は、自分の今世での役割というか、なぜわたしは音楽だったのか、ということを以前よりも考えるようになりました。よく聴いてくださる方から「浄化される」という言葉を言っていただくのですが、先日SNSで私の音楽について「聴くおくすり」や「ホスピス」という言葉をいただいて。「あぁやっぱりそうなのだ」と、すとんと腑にも落ちました。
私が私らしく自然体で在りながら、自分が音楽をやる身として生まれてきた意味を、大切に見つめていきたいと思っています。
—最後に、あらためて小松さんが見つめている「ひかり」について教えてください。
以前は、太陽から照らされる光のような、いわゆる”光”を見つめていたと思います。でも今は、生命すべてが光だと思っていて。
もちろん人間として生きているから、嫌な自分やイライラする感情が生まれることもありますが、一度その視点に立つと、また違った見え方ができるというか。たとえば東京では街中をたくさんの人が歩いていますよね。その姿を眺めていると、なんだか愛おしく感じられるんです。
—それぞれに光を感じるのでしょうか。
誰でも赤ちゃんだった頃があって、純粋な、光そのものだった。でも人間として成長していくなかで、色んなことを知り、考え、ときに何かにぶつかり、背負ったりしながら生きてゆく。そうやってそれらは少しずつ光に重なってゆき、やがて光が見えにくくなってしまうのかなと。
でも、その光の純度は変わらずそこにあるはずなんです。だから、このアルバムが光であることを思い出すきっかけとなれたらいいなと思います。

プロフィール
Yoko Komatsu
ピアニスト/音楽家。福島県、いわき市出身。武蔵野音楽大学大学院音楽研究科修士課程修了。ピアノをとおして気づいていった、"生きる"ということ、そして、目には見えない世界のこと。根底にあるそれらの感覚に重ね、自身にとって大きな存在である自然にふれたときに感じたこと、日々を生きていくなかで心がふるえた瞬間、空気を、そのまま音として残している。近年は、"蕊 SUI" "東京香堂"とともに創作したオリジナルのお香とセットとなった3rd album「あえか」や、配信として「風は香りただよう」、「静かな泉」、「I」と、発表を重ねている。2024年に東京・尾山台で8年間運営したピアノアトリエ"Fluss"を閉じ、現在は山梨という自然のなかで音楽と静かに向き合う日々を送っている。
執筆・編集:石松豊
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