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zmiの「Piano Diary」が世界中から共感を生む理由。何でもない日に綴る、自分のための音日記

2024.06.03

piano diary 2019.01.02

静岡県出身のピアニスト・zmiは、2016年頃から「Piano Diary」という音日記のSNS投稿を続けている。

投稿されるのは、音が付いた映像と日付のみ。楽しみにしているファンは多く、投稿の度に「素敵です!」「救われました」というコメントが、日本に限らずアメリカやカナダ、タイ、インドネシア、中国など世界中から届く。

Piano Diaryについて、始めたきっかけや大切にしていることなどたっぷり話を伺うと、Piano Diaryが多くの人に共感される理由だけでなく、zmi自身の長年変わらない考え方、そしてカナダへ住んだことで変化した「音」についても聞くことができた。

誰のためでもなく、ただただピアノを弾こう

—「Piano Diary」を始めたきっかけは何ですか?

もともと即興演奏というか、何も考えずに感じたことを弾くことは幼少期の頃からやっていたんですが、Piano Diaryという名前で投稿するようになったのは、スランプがきっかけでした。

静岡県出身の作曲家・zmi。2021年の12月末からカナダ・バンクーバーに住んでいる。(Artist Photo by Yuji Tanno)

当時、ニコニコ動画などに作った曲をアップしてたんです。アルバムを作ろうとか、音楽を仕事にするぞという意思はまだなくて。ただ反応をもらえることが嬉しくて、曲作りを続けていました。

でも、続けていくうちに「この楽曲がコメントを多くもらえたから、次もこんな感じの曲を作ろう」と、反応を意識して作るようになって。だんだん自分の作りたい音楽が分からなくなってしまったんです。コメントが付かない不安を感じたり、ピアノに触れることが怖くなったりして、新しい曲が作れず、音楽をやる理由を見失っていました。

しばらくピアノに蓋をしていたんですけど、それでもピアノのことは大好きだったんですね。好きな理由を考えていくと、小さな頃から言葉での感情表現がうまくできなかったけど、ピアノだったらどんな形にでも消化できたことを思い出して。その原点に帰って、もう誰のためでもなく、ただただピアノを弾こうと思って始めたのがPiano Diaryでした。

『piano diary 2017.03.17』。XやInstagram、YouTubeに投稿しているPiano Diary。時には自然風景の映像に音が付いていることもある。「誰が見てるかも分からないし、見ていないかもしれないブログ記事みたいなもの」とzmiは説明する。

—幼少期の頃から、感じたことをピアノで表現されていたんですね。

ピアノが一番感情を表現しやすかったんです。コミュニケーションツールみたいな感覚があって。例えば嬉しいことがあった時に、どれくらい嬉しいのか、何によって嬉しくなったのか、その時誰がいて、どんな季節だったのかを、「嬉しい」という言葉ではうまく伝えられなかったんですね。

私自身の特徴としては、よく喋るし、声も大きめで、感情表現もすごく分かりやすい感じなんです。カナダにいるとオーバーリアクションでも受け入れられるんですが、日本にいた頃は「うるさい」と言われることがあって、いつも「ちょっと抑えなきゃ」と思ってました。

あと私はADHDで、常に頭の中が思考している状態なんです。何かをパッと思いついた時に、連鎖的にバババババって情報が出てきちゃうんですよ。嬉しい気持ちでも、これがあって嬉しい、あれもあって嬉しい、みたいにどんどん出てくる。ピアノだと音をどれだけでも重ねられるし、感情の全部を音に詰め込めたんです。

—ピアノを弾いてる時は自分を解放できるというか、本来の自分でいられる感覚があるんですか?

それはめちゃくちゃありますね。

2015年にリリースした1st アルバム『ふうね』の楽曲も、半分ほどが即興演奏で制作されている。音を重ねるときは、この日晴れていた、友達と会った、美味しいご飯を食べた・・など感情の層を重ねるイメージがあるという。

—「嬉しい」の他には、どんな気持ちがPiano Diaryになっているんでしょうか。

「今日は疲れたな」という時もありますし、ずっと思考している状態を落ち着かせるために、瞑想のようなイメージで弾くこともあります。あとはハイキングや散歩に行った時に、森で得た風の音や小鳥のさえずりを音に落とし込みたいと思って弾くことも。

その時に見ている風景や感じてることって、もう二度と手に入らないんです。今感じている全てをどうやってピアノで表現できるか、よく考えますね。

アルバム『Piano Diary』は、過去にSNS投稿したPiano Diaryを集めたもの。zmiは特にアルバム化を考えてなかったが、周囲から希望する声が多かったため2022年にリリースされた。前作『ふうね』には音数の関係でライブ再現が難しい人気曲があり、ライブが怖いという気持ちもあったことから、自然体のままである『Piano Diary』をリリースしたことで楽な気持ちになったという。

聞き手の耳に届いた時に、その人のものであって欲しい

—過去のPiano Diaryを聴くと、その時の気持ちを思い出しますか?

そうですね。基本的にどれも覚えてます。

—例えば『piano diary 2023.06.07』は、どんな気持ちだったんでしょうか。

『piano diary 2023.06.07』。Piano Diaryの映像は、過去にzmiが撮影した中で、ピアノを弾いた時の心情に近いものが付けられる。

これはね、アンディの曲です。語学学校にアンディというおじいちゃんの先生がいて。すごく生徒のことを考えてくれる方で、私のことも色々と気にかけてくれたんですよ。表情が豊かで、爽やかな風みたいな方で、カナダの生活に彩りを与えてくれたんです。

—爽やかさが映像の緑や光からも伝わってきます。Piano Diaryを聴いている方には、アンディの曲と分からないのも面白いですね。

いつも悩むんですが、曲にタイトルを付けることに若干の抵抗があるんです。「雨の踊り子」という言葉を付けたら、雨が連想されちゃうじゃないですか。聞き手の想像の自由を奪うかもしれなくて。Piano Diaryも日付から季節感が分かってしまうので、できるだけ日付以外のことは書かないようにしています。

例えば電車に乗っていて、ふと曲が流れてきて、見えていた景色があって。その時にタイトルがなかったら、その風景ってそのまま音楽とリンクすると思うんですよね。

『piano diary 2024.03.29』。普段は音楽が先で映像を後に付けているが、この曲だけは映像が先で音楽を後から付けたそう。

—言葉にできないものも含めて、いま見ている景色や感じていることを大事にして欲しい?

そうですね。その人の記憶自体を大事にして欲しいと思ってます。例えば海をイメージして作った曲をアップした時に、海という言葉を書いていなくても、「まるで海のような」というコメントをもらうことがあって。でも私とその人って、絶対に同じ景色を見てないんです。私があの時見た景色と、その人が別の時に見た景色は違っていて。

私が弾いて出した音だけど、聞き手の耳に届いた時に、その人のものであって欲しいという感覚があるんです。その人の中で記憶に残っても残らなくても、なんなら多くの人は忘れ去っていくと思うんですけど、聞いてもらうことは人の時間の一部に入ることなので、そこに私という人間はいなくていいなと思ってますね。

『piano diary 2016.06.24』。Piano Diaryには、ピアノに限らず声やストリングスの音が入ることもある。声やストリングスは、ピアノがドレミの音階を鳴らすことに対して、その間を表現できる「白と黒の間の、無限のグレーゾーンをいくらでも表現できる存在」とzmiは語る。

今思うと、この考えも昔から全然変わっていなくて。東日本大震災の時に「ズミさんの音楽を体育館でみんなで聴いてます」というメールを頂いて、誰かの支えになっていることが嬉しかったんです。でも誰かのために作ろうとすると作れなくなってしまう。原点を忘れないために、自分を聞き手のイメージの中に残さないようにしようという考えになったのかなと思いました。

zmiが訪れたモンゴル(左)とカナダ(右)の写真。zmiは中国と日本のハーフ。幼少期はどちらの国でも周囲から受け入れられず、国への帰属意識やアイデンティティがないと感じていた。中国で学校運営のボランティアをしていた父親が見せてくれた笑顔の子供たちの写真をきっかけに、自分も何か支援したいと思い海外に興味を持つ。カンボジアで学校運営を学んだり、様々な土地を旅行したりするうちに、異文化を知ることに惹かれていく。いろんな文化や価値観を受け入れることで、自分を確立させたいという気持ちもあったという。取材時はカナダに住んで3年目。

—ズミさん自身が、何かの音を聞いて、その時感じたことを大事にしようと思うことはありますか?

友達の声で感じることはありますね。

—それは日々の会話の中で?

そうですね。以前は自然の音から楽曲を作ることも多かったんですが、最近は笑い声とか、自分の好きな人たちの声の影響が大きいかもしれません。もう本当に何でもない日というか、ただ友達と喋ってる、下手したら会話の内容も覚えてないぐらいの雑談。だけど、そこにはすごく幸せな時間があって。本当にリラックスできる瞬間でもありますね。

生活すべてにおいて完璧でなくていい

—Piano Diaryは、どんな時に生まれるんでしょうか。

すごく難しいですね。普段あんまり意識してなくて..。でも、日記を書いてる感覚に近いかもしれないです。感情から生まれることもありますが、本当に何にもない日も書くんですよ。

—何にもない日でも、ピアノの音によって自分の気持ちに気づくことはありますか?

そういう時もありますね。

『piano diary 2023.10.01』。zmiがハーフであることを初めて自然に受け入れてくれた高校からの大切な友人に、手紙を送るように書いた曲。連絡は定期的に取っているが、ふと言葉じゃない形で喋りたいと思ってPiano Diaryが生まれたという。

あまりSNSは見ないんですけど、流れてくる情報や出来事があまりにも多すぎて、ちょっと疲れた感じもあって。だからこそ、何にもないことを書きたいと思ったんです。「今日は晴れた」「たくさん寝た」「久しぶりに日本の焼きそばを食べて美味しかった」とか。笑

—自分もそういう方が惹かれます。完成されてないというか、生活感を感じるからでしょうか。

できすぎた世界が広がりすぎてる気がしますね。こちらの友人ともよく話すんですが、バンクーバーって本当に目立った観光地的なものが何もないんですよ。日本みたいに用意されたエンターテイメントが少ないので、遊びに行くとなるとハイキングとか、公園に行っておしゃべりするのが日常なんです。

山に行くと整備されていない道を歩くし、熊も普通に出る。でも生活すべてにおいて完璧でなくていいというのは、楽に感じた部分でもありました。

感覚としては、呼吸に近い

—Piano Diaryで大切にしていることはありますか。

嘘をつかないことですね。嫌なことでも嬉しいことでも、素直に表現することを大事にしています。Piano Diaryは、本当にそのままの自分自身なんですよ。

『piano diary 2021.08.01』。zmiは最近「場所への愛 (トポフィリア・Topophilia)」に興味があるという。zmi自身は幼少期の居場所のなさの影響もあり、故郷や国への愛はあまり感じていないが、いつか持てたらと思っている。逆にPiano Diaryでは友人や先生という「人への感情」が描かれており、人に対する気持ちは大きい。自分の出生や自然体を受け入れてくれる人への嬉しさは、ピアノを嘘なく弾きたいという部分に繋がっているのかもしれない。

—嘘のない表現だからこそ、何年も続いているんでしょうか。

もう必要な時間になってますね。でも感覚としては、呼吸に近いかもしれません。毎日は弾かないし、書こうと思って書くわけでもなく。あんまり意識なくピアノの前に座ってる気がします。

—過去のPiano Diaryを聞き返すと、自分の変化を感じることはありますか?

最近気づいたんですが、カナダに来てから気持ちが楽になったなと感じます。ダメなところも含めて自分を受け入れられたというか。例えば、ADHDであることも自分のアイデンティティとして明確に受け入れられるようになって。自分のことをすごく好きになった実感があるんです。

2023年7月にリリースされた『Haname』は、『piano diary 2023.02.24』から生まれた楽曲。彩りのある風が吹いてくるような鮮やかなピアノからも、心の軽さや喜び溢れる気持ちを感じる。

—最後にメッセージがあればお願いします。

Piano Diaryを、もっと個人のSNSや動画で使ってもらいたいなという希望があります。音楽によって、動画の見え方や記憶の残し方が変わると思うんですよ。あと音を付け加えることで、動画で気づかなかった感情を引き出せる可能性もある気がしていて。日常にいろんな音を入れて遊んで欲しいというか、Piano Diaryを自由に楽しんでもらえたら嬉しいです。

zmiのInstagramにアップされているPiano Diaryの投稿から、アカウント名の下にある「オリジナル音源」をクリックすると、「音源を使う」というボタンが表示される。「音源を使う」ボタンから投稿することで、自身の投稿にPiano Diaryの音を使うことができる。

また現在、次のアルバムの制作に取り組んでいます。詳細はSNSなどで追ってお知らせしますので、ぜひお楽しみに。

プロフィール

zmi

静岡県出身の作曲家。幼少期から親しんでいるピアノを用い、柔らかなサウンドを奏でる。これまでにCMや映画への楽曲提供など数々の作品を残す。2022年茅ヶ崎美術館にて映像と音楽の展覧会を開催し、メインビジュアルも手掛ける。2024年には資生堂(中国語版)の音楽を手掛ける。これまでにいくつかの楽曲をデジタル媒体などで発表を重ね、NATURE BLISS / PLOPよりアルバム「ふうね」「piano diary」をリリース。

執筆・編集:石松豊

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