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REPORT 8
Wataru Satoが問いかける「それぞれの天国とは?」雪景色の永福町で、ソロワークの集大成『Sense of Heaven』ライブレポート
2026.02.16
撮影:Ema Yoshida
「天国とは?」と聞かれると、死後の楽園を思い浮かべるだろうか。では、「今のあなたにとっての”天国”は何か?誰か?」と問われると、どうだろう。
2026年2月8日(日)の夜、東京・永福町sonoriumにて、ピアニスト/作曲家のWataru Satoによるアルバム『Sense of Heaven』のリリース記念ソロコンサートが開催された。
冬の澄んだ空気と静かな緊張感に包まれた会場で、約1時間半にわたり、ピアノ、シンセサイザー、そして弦楽四重奏が豊かな音響で奏でられた。楽曲ごとの映像演出とともに、テーマである「それぞれの天国」を参加者へ問いかける時間となった。
この記事では当日の様子を、Wataru Satoと写真家・Ema Yoshidaのコメント、参加者の感想を交えながらレポートしていく。
「天国のような」雪景色の永福町へ
朝から何年ぶりかの大雪が降った東京。永福町もまた、幻想的な雪景色に包まれていた。


東京・永福町の雪風景
舞い上がる大粒の雪、はしゃぐ子どもの声。まるで天からささやかなギフトが配られたような、そんな穏やかな冬の澄んだ空気に、会場のsonoriumも満たされていた。

開場BGMとして流れていたのは、この日のために制作された『Sound of Heaven』。明るい光を感じるピアノやアンビエントな音が高い天井に響き、じんわりと心もあたたまっていく。

次第に参加者が集まり、座席は2階までほぼ満席に。落ち着いたBGMのなかで、それぞれの話し声が静かに空間に溶けていた。
やがてBGMが静かに消え、かさかさとした空気のようなノイズが小さく流れ始める。雲の中にいるような感覚に包まれていると、出演者が入場。照明が暗くなり、いよいよ旅が始まる。
Wataru Satoと弦楽四重奏による『Sense of Heaven』ライブ
Wataru Satoのピアノから音が鳴り始め、アルバム1曲目でもある「Ash」でライブが幕を開けた。

弦楽器が加わると、間髪入れずにアルバム表題曲である2曲目「Sense of Heaven」へ。Ema Yoshidaが撮影したアルバムのアートワークが投影される。

弦楽器の重なり合う厚みのある音に、心が震える。風が吹き、雲が動き、水面が揺れ、光がきらめく。絵画のようにゆっくりと動き出す絵に、どんどん吸い込まれていく。そこにあったのは、嬉しさや悲しさという感情を超えた、何か満たされるような美しさだった。

楽曲ごとに、Ema Yoshidaがそれぞれの楽曲に合わせて撮影した写真が投影される。写真には特定の人物や場所は映らず、曇った光やぼやけた景色が写し出されることもある。参加者それぞれの記憶に接続し、音楽の旅にそっと寄り添うような存在になっていた。

7曲目からは、過去アルバムの楽曲が3曲続く。「Disappear」では、繰り返されるメロディが大切な人の笑顔を思い起こすような、心の奥底にあるあたたかな気持ちに触れてくる。

10曲目で再び『Sense of Heaven』の楽曲へ戻る。「Stratum」「Ghost」と、ピアノの響きにじっと耳を傾ける時間が続く。曲間にMCや拍手がないまま、静かな緊張感をまとったまま演奏が進んでいく。

14曲目からは再び過去アルバムの楽曲へ。16曲目には、Wataru Satoが劇伴を担当したドラマ「そこから先は地獄」のメインテーマが披露された。

天国をテーマにしながらも、地獄の楽曲を経由する。中盤以降、重なり合う弦の響きに身体を揺らす参加者の姿も見られた。
どの曲も音源と比べてピアノのタッチがより力強く感じられる。各楽曲で描こうとする感情の深さや強さが、ひしひしと伝わってくるようだった。

18曲目からは再び『Sense of Heaven』の楽曲へ。19曲目「Timeless in Calm」では、後半にかけて厚みを増す弦楽四重奏の美しいメロディに包まれ、自分にとっての”天国”が少しだけ見えてくるような感覚になる。
自分が心から笑える瞬間とは何だろう。失ったら悲しいもの、本当の喜びに必要なものは、人は、何か。大切にしたいものを見つめ直すような、かすかな光が差し込むような時間だった。

弦楽器が退場し、残ったWataru SatoとMoe Aoyagiがピアノ連弾でVa:Moe Aoyagi「Lullaby」を奏でる。写真に映るのは、旅の最後に待つ光なのだろうか。

やがて写真が切り替わり、白が映し出される。シンセをまじえた長尺のアンビエントセットで演奏される「White」。ようやく余白を感じられる時間が訪れ、思わず深呼吸をしていた。

演奏が終わり、短く「ありがとうございました」と一言を残してWataru Satoが退出する。満ち足りた空気の中、あたたかな拍手が捧げられ、イベントは静かに幕を閉じた。
Wataru Sato Solo Concert “Sense of Heaven” セットリスト
01. Ash
02. Sense of Heaven
03. Ascent
04. Bubble
05. All Our Pain
06. Kagero
07. Requiem
08. Disappear
09. The Other Land
10. Cure
11. Stratum
12. Ghost
13. Celestial Poetry
14. Remembrance
15. Innocence
16. そこから先は地獄-Main Theme-
17. Kaiko
18. Helix
19. Timeless in Calm
20. Lullaby
21. White
Wataru Satoインタビュー「”地獄”を”天国”に置き換えてみようと思った」
ライブを終えたWataru Satoに率直な感想を伺うと、「演奏に必死で、あっという間でした」と少し安堵したような表情で笑った。

「あまり緊張しないタイプなんですけど、久々に緊張感のあるライブでしたね」とも語る。本人にとっても「ソロワークの集大成」と位置づけるアルバムのライブであり、時間をかけて準備を重ねてきたという。
音響、写真展示、映像演出、オリジナルの開場BGMなど、すべてにこだわったのは、「ただのコンサートではなく、まるで美術館のように作品で埋め尽くされた空間にしたかった」という思いからだ。

なぜ『Sense of Heaven』が彼にとって特別なのか。アルバム名の由来を聞くと、書店員だった20代前半に出会った本、イタロ・カルヴィーノ『見えない都市』がきっかけだという。
「いろんな空想上の都市が出てくる、少し変わった短編集なんです。55の都市それぞれにテーマがあって、一筋縄ではいかない話ばかりで。でも、どのページからでも読めるので、時間があるときに読んでいたら自分に浸透してきたというか、1冊擦り切れてしまうほど読みましたね。人生でいちばん読んでいる本だと思います。」

「この本の最後に、”地獄とは何なのか、誰なのかを見極めることが肝要だ”という趣旨の言葉が出てくるんです。なぜか、その言葉がずっと印象に残っていて…。」
「生あるものの地獄とは未来における何事かではございません。もしも地獄が一つでも存在するものでございますなら、それはすでに今ここに存在しているもの、われわれが毎日そこに住んでおり、またわれわれがともにいることによって形づくっているこの地獄でございます。」
イタロ・カルヴィーノ『見えない都市』
「これに苦しまずにいる方法は二つございます。第一のものは多くの人々には容易いものでございます。すなわち地獄を受け容れその一部となってそれが目に入らなくなるようになることでございます。」
「第二は危険なものであり不断の注意と明敏さを要求いたします。すなわち地獄のただ中にあってなおだれが、また何が地獄ではないか努めて見分けられるようになり、それを永続させ、それに拡がりを与えることができるようになることでございます」
イタロ・カルヴィーノは、地獄を”すでに存在しているもの”として描いている。では、自分にとっての”地獄”とは、どのような人や物事なのだろうか。
ここでWataru Satoにとっての”地獄”を尋ねると、「難しいですね…。基本的には根が明るいので、あまりそう思うことないんですけど」と前置きしながら「何かに対して出口が見えないとき、ですかね」と語ってくれた。
「それで、今回のアルバムの曲を作っているうちに、ふとこの本の”地獄”を”天国”に置き換えてみようと思ったんです。天国という、普段は”場所”として捉えられているものを、”何なのか?” ”誰なのか?”という物事や人に置き換えることで、見えてくるものがあるのかなと。」

それぞれの天国とは何か。誰か。この問いが、今作『Sense of Heaven』のコンセプトだ。自分にとっての天国を見分け、追い求め、大切にしていくことの美しさを示唆している。
「天国は、人によってはお金かもしれないし、一生をかけて欲しいものや、大切な人かもしれない。きっと、人それぞれ違うんじゃないかな。でも、天国を探し求めている過程は、もしかしたら地獄かもしれないよね。」
最後に、Wataru Satoにとっての”天国”を尋ねると、「まだ見つけてないかも。それが何なのか、誰なのかを今も探しているのかもしれない。」と微笑んだ。
参加者の感想
とても美しい時間だった。静寂と緊張感の中で90分間エンドレスに紡がれる音像は、触れたら割れてしまいそうなほどに繊細で美しくて素晴らしかった。あっという間でした。
参加者
すごいものを体験してしまった…。呼吸するのもはばかられるような静寂の中でピアノ、ストリングカルテット、電子音が鳴り響くのを全身で感じる没入感。コンサートってよりも1つの映像音楽作品を観ているような感覚。
参加者
ピアノ・弦楽四重奏・電子音と映像は、山、海、川などの自然の中で癒されるような音色で、身体が心が優しく包まれて素晴らしい演奏だった。
参加者
写真があることで、音のイメージが補完されて、世界観に没入した感じで楽しむことができた。写真が東京や著名な場所ではないことで、”ここではないとこ”に入り込んだ感じがした。
参加者
行く前からわかってたけど、すごすぎた。なにかわからない内側に響く感じ、魂がゆれた。
参加者
「映画を見終わった」余韻を味わいながら帰路へ
終演後、Ema Yoshidaは「映画を見終わったようだった」とライブの感想を語ってくれた。「最初の曲から最後まで、喜びも悲しみも、癒しも情熱も感じられる… まるで人生みたいだった」と。
たしかに、人生ではさまざまな人と出会い、さまざまな出来事が起こる。地獄のような日々もあるかもしれない。けれど、天国だと感じる瞬間も、過去に、今に、そして未来にきっと存在している。
あなたにとって、天国とは何か。誰か。
この問いを深めるために、『Sense of Heaven』の音楽はそっと寄り添ってくれるだろう。内面の世界へ静かに潜り、心と対話する時間。そこに浮かんだ素直な情景があるなら、日々はほんの少しだけやさしく変わっていくかもしれない。
そんなことを考えながら会場を出ると、すっかり雪が溶け、街はいつもの夜の表情に戻っていた。あちこちに灯る生活の光を見ながら、自分の人生へ帰っていく。

スタッフクレジット
Wataru Sato Solo Concert “Sense of Heaven”
■出演
Pf/Synth: Wataru Sato
1st Van:Shino Miwa
2nd Vln:Marino Ida
Va:Moe Aoyagi
Vc:Kanon Takeshita
■音響
Takaaki Katsuyama
■映像演出
mingo
■写真展示/ライブスチール?
Ema Yoshida
■受付
高塚爽汰
伊藤昭代
■制作
株式会社Bookshop

関連イベント – 展覧会『Timeless』について
Wataru Satoのアルバム『Sense of Heaven』のアートワークを担当した、写真家・Ema Yoshidaによる展覧会『Timeless』が3月に神奈川県藤沢市で開催される。

写真展では、馬術家でもあるEma Yoshidaが愛する馬の写真のほか、『Sense of Heaven』の各楽曲のために撮り下ろされた写真も展示・販売される。また、ライブセッションなど、会期中に2回のコラボレーションイベントが予定されている。
『Timeless』としては3回目なのですが、どんどん変わりながら進化しているので、ぜひまた新たな気持ちで見ていただけると嬉しいです。
Ema Yoshida
展示の世界観に、どう音楽をつなげるかをいろいろ考えています。あと自分が藤沢生まれなので、地元でやるイベントとして楽しみにしています!
Wataru Sato
プロフィール
Wataru Sato
1990 年生まれ。神奈川県在住のピアニスト・作曲家。本名:佐藤 航
ピアノ・弦楽を基調としたポストクラシカルやエレクトロニカを精力的にリリースしており、国内外から高い評価を得ている。2023 年に音楽レーベル Bookshop Label を設立。2024 年 5 月には約 1 年ぶりとなる新作EP”Haze”をリリースした。また 2024 年にアイスランドのレーベル”INNI”と契約。2024 年より複数のリリースを行うことが決定している。また自身のバンド Gecko&Tokage Parade ではリーダーを務め、ジャパニーズジャズ界のアウトローと目されつつも精力的なリリース・ライブ活動を行う。そのほかアニメ"東京喰種"主題歌を担当し話題を浴びた高橋國光(ex.the cabs)のソロプロジェクト"österreich"や、ジャズ・シンガー”青木カレン"との共同プロジェクト"transparent project"に参加。アニメ”呪術廻戦”2 期の劇伴ではピアノ演奏を担当。多種多様な音楽ジャンルを横断する縦横無尽な活躍をみせる異色のピアニスト。
執筆・編集:石松豊
撮影:Ema Yoshida
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