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新しい「音楽の価値」は、社会との関わりから生まれる。安田寿之が”アルバム+写真集”で示す、自由な表現のかたち

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2025.11.10

撮影:村上由希映

音楽家・安田寿之の8年ぶりとなるアルバム『Colina Madre (母なる丘)』が、10月29日にリリースされた。写真家・村上由希映の写真集との共作で、テーマである「女性の力」を楽曲と写真の両面から表現している。

配信の時代にあえてフィジカルのみでリリースした背景には、音楽家としての活動に加え、音楽環境研究所での事業や大学での教育活動を通じて追求してきた「音楽と社会の新しい関わり」への思いがあるという。

AIが台頭するこれからの時代に、音楽家はどう生き抜くべきか。そして、リスナーはどう音楽を受け取るべきか。安田の活動や本作に散りばめられたヒントから、音楽の新たな可能性を探っていきたい。

音楽は、いつだって社会と密接に関わってきた

—安田さんは音楽家でありながら、音楽環境研究所での会社事業や、武蔵野音楽大学での教務などもされていて、幅広い形で音楽に携わっています。これら3つの活動は、それぞれどのように関わり合っているのでしょうか?

3つに共通しているのは「音楽と社会の新しい関わり」を模索しているところですね。

安田寿之。1990年代中盤よりFPM(Fantastic Plastic Machine)として活動後、2000年に1stアルバムを発表。音楽家として、自身の作品制作やサポート、サントラやCM音楽などの商業音楽制作をおこなう。また代表を務める「音楽環境研究所」では、音楽家の新しい仕事を作ることを目的に、プロダクト制作や空間の音環境デザインなどを進めている。さらに武蔵野音楽大学では、「コンピュータ音楽実習」「音楽イノベーション」の講師を務める。(撮影:村上由希映)

会社では「音楽による社会貢献」を目指した事業を展開していますが、実験段階のアイデアは、自分の作品や活動を通して検証しています。また大学では、よりよい社会と未来への貢献を目標に、個人や会社の取り組みから得た知見を学生たちへ還元しています。

—「音楽と社会」と聞くと、それぞれ別の存在のようにも感じます。安田さんは、音楽にとって社会はどのような存在だと考えていますか?

「音楽」は、「音韻」という楽譜情報と、「音響」という音色や響きがセットになって成り立っています。この考えを広げて、「音韻」を”音楽そのもの”としたとき、「音響」は社会とも言えると思うんです。つまり、音楽とは「今の社会で、どんな音を鳴らすか」を考え実践するものとも言えます。

安田が「Soundscape」機能の音楽を手がけている「バーチャル窓」『Atmoph Window』。世界中の美しい景色を映し出すだけでなく、その風景に溶け込む音が流れることで、日常の中にいながらも旅の感覚を味わえる。音楽制作には多数の演奏家が参加しており、音楽家の新しい仕事にもつながっている。

たとえ山にこもって孤高の音楽をつくろうとしても、食事をするだけでも社会とつながっていると思うんです。誰かが育て、誰かが運んだものを食べていますよね。だから、「社会と関わずに音楽をつくる」なんてことはできない。むしろ音楽は、いつだって社会と密接に関わってきたものだと考えています。

「女性の力」というコンセプトへ結びついていった

—今回リリースされたアルバム『Colina Madre (母なる丘)』は、写真家・村上由希映さんの写真集との共作で、配信がなく、フィジカルのみなんですね。作品のコンセプトについて教えてください。

もともと村上さんは、僕のアーティスト写真をずっと撮ってくださっている方で、彼女の写真が好きだったんです。オープンで明るく、柔らかいけれど、強くて美しい。男性にはない女性的な視点がとても魅力的で、何か一緒に作品を作れないかとずっと考えていました。

安田寿之の8年ぶりとなる7thソロアルバム『Colina Madre (母なる丘)』。写真家・村上由希映の写真集との共作となっており、1曲ごとに写真がセットになっている。楽曲は、スタンダードのように美しい作曲にジャズ的オーセンティックな編曲を施した全10曲を収録。楽器構成はシンプルで、フェルトピアノと少しのシンセ(安田寿之)、コントラバス(飯田雅春)、ギター(山本のりこ)だけでバッキングを演奏している。作詞・歌唱はブラジル音楽にゆかりのあるLica、山本のりこ、行川さをりと岩下清香が日本語で担当した。

それとは別に、素晴らしい女性シンガーたちとの出会いがあり、彼女たちをフィーチャーした女性ボーカルのアルバムを作りたいというアイデアも持っていました。それらが、2020年に母を亡くしたことをきっかけに自然と重なって、「女性の力」というコンセプトへ結びついていったんです。それは、コロナ禍以降に注目されるようになった”レジリエンス(resilience / 困難からの再起力)”にも通じると感じました。そこで、穏やかでありながら、しなやかな強さを持つ作品を目指しました。

—アルバム全体に美しいメロディが流れていて、女性のしなやかさや優しさが伝わってくるような心地よさがあります。過去には電子音楽など幅広いジャンルの楽曲を制作されてきましたが、今回の落ち着いたトーンには、最近の好みや気持ちの変化が反映されているのでしょうか?

最近は、どんどんアコースティックというか、シンプルな楽器構成やアレンジを好むようになってきましたね。というのも、ずっと「作曲」という部分を大事にしてきたのですが、そこにより集中していくうちに、外側の装飾が少しずつ取り払われていって、内側の核だけで成立する音楽を目指すようになってきたんです。

アルバム2曲目の「Um filme pra nós dois (二人のシネマ)」。ジャンルとしてはボサノヴァだが、どこか日本人らしい感覚が含まれた楽曲だという。作詞・歌唱を担当した山本のりこと安田は、ともに兵庫県宝塚市出身。安田は「同じ風景を見て育った2人のコラボレーションなので、のんびりとした宝塚の風景がなんとなく出ているような気もしますね」と語る。

でも、いい曲を作ろうと思ってもなかなかできないんですよね。何も考えないでするっと生まれたものが、結果的に心に残る曲に育つこともある。それは本当に運命的なもので、今回はそういう”芯の強い”楽曲を集めて、ひとつの作品にまとめています。

—作曲の力強さはもちろん、写真集とセットになっていることで、聴き手がアルバムとしてのストーリーや「女性の力」というコンセプトに、より繊細な解像度で触れることができると感じました。このリリース形態には、どのようなこだわりがありますか?

もともとは、CDというフィジカルはもう作らないと思っていました。町のCDショップも、すっかりなくなってしまいましたよね。でも、最近は小さな本屋が元気だなと感じていて。だから、本屋に置いてもらえる作品を作りたいと思ったんです。

村上由希映の写真集は、新たに撮り下ろしたモデル・Katiの作品と、何年にも渡り「呼吸」をテーマに撮り続けてきた写真群で構成されている。撮り下ろし写真は、一度キャンバスにプリントしてから撮影することで、客観性を持たせる工夫がされている。印刷は、大阪で100年近い歴史をほこるアサヒ精版と協働し、表裏に厚紙を使った独自の形態で、7インチレコードほどのサイズ、アート系の洋書のような質感に仕上げられている。

最近の本屋は、アートや哲学などのジャンルに特化したり、読書会や作家を呼ぶイベントを開催したりと、自分たちの特徴をしっかり出している印象があります。そういう場所に置いてもらえる音楽を作ることで、新しい人に手に取ってもらいたいという狙いもありました。

多様な音楽が受け入れられない社会は、成熟しているとは言えない

—今回の”音楽×写真”に限らず、”1点物の音楽”や”リリース後に進化する曲”など、安田さんはさまざまな方法で「新しい音楽の楽しみ方」を発信されています。こうした試みを続ける原動力は、どんな思いから生まれているのでしょうか?

僕自身がずっと悩んでいるからこそ、いろんな方法を考え続けているんだと思います。今の音楽の流通は、「数が多ければいい」という直線的な観点で作られていて、たくさん売れて、たくさん動員できて、というのが”成功”の決まった形になっている。

でも、音楽活動において、必ずしも成功のセオリーがあるわけではないと思うんです。だからこそ、多くの数を得ることだけを目指すのではなく、もっと考えを広げていくことが大切だと感じています。

2018年にクラウドファンディングを通して実践した「ヴァージョン・アップ・ミュージック」。制作過程からリスナーの意見を取り入れ、リリース後も進化し続ける音楽作品として発信した。アーティストが完成させた音楽をリスナーがただ受け取る「20世紀の上演型音楽」から、リスナーとアーティストが共に音楽を育てる「21世紀の参加型音楽」を目指した試み。

たとえば、自分の音楽を理解してくれる小さなコミュニティをつくって、その中にいるさまざまな職業の人たちへ向けて、音楽をどう役立てていけるかを自分なりに考えていく。小さな社会の中で音楽が貢献できることを見つけられれば、自然とその対価としてお金にもつながっていくと思うんですよね。

—いわゆるビジネス的な観点だと、音楽は売上や再生数という指標で評価されると思います。そうではない「音楽の価値」について、どのように考えていますか?

たとえばCDは3,000円前後で流通していて、世間的な共通認識があるため、値段を大きく上下させることは難しいですよね。だからこそ、「音楽の価値」はこうした既存フォーマットにとらわれず、音楽家自身が自由につくっていくべきものだと思っています。

アルバム1曲目の「Lulu (ルル)」は、安田も「1曲目っぽい曲」と語るように、明るく開けていく印象の楽曲。歌詞は「女性の力」というテーマのもと、各歌唱担当が書き下ろしたもので、全体を通して物語性と希望を感じさせる内容になっている。

音楽家は楽曲に強いこだわりを持つ一方で、リリース時はCDや配信など既存フォーマットに無批判に合わせがちだと思うんです。でも曲数や尺、歌詞カードのサイズだって、もっと多様であっていいはず。今までにない形を生み出せば、価格も自分たちで決められる。今回の写真集付きアルバムを通して、「こんな形もありなんだ」と少しでも感じてもらえたら嬉しいですね。

—安田さんが多様な「音楽の楽しみ方」や「音楽と社会の関わり」を追求することは、「音楽の価値」の再定義につながり、さまざまな音楽家が活動を続けられるような「音楽の持続可能性」を高めていると感じます。この「音楽の持続可能性」について、課題に感じることはありますか?

日本は他国に比べて、好みがメインストリームのアーティストに偏る傾向があり、それ以外の音楽が受け入れられにくい状況があると思います。これは本や映画でも同じで、ほとんど知られていない作品や新しい試みをしている作り手に関心を持つ人は多くありません。多様な音楽が受け入れられない社会は、成熟しているとは言えないですよね。

安田がブラジル音楽と出会うきっかけとなったアルバム『Getz/Gilberto』。アメリカのジャズサックス奏者スタン・ゲッツと、ブラジルのボサノヴァ歌手ジョアン・ジルベルトが1964年に共作でリリースした作品。中学生のころ、叔父に勧められ、心地よいだけでない緊張感や深みを感じ、ずっと聴いていたという。安田にとって求める作曲像に影響を受けた作品であり、「いい作曲はジャンルや形に関わらず、その素晴らしさが響く」と語っている。

だから、音楽家が新しい挑戦をするのと同時に、リスナーも一緒に成長していけたらと思っています。いろいろな音楽をつまみ食いしてみたり、新しいことを積極的に受け入れたりしてもらえたらいいですね。

—リスナーとしても、目の前の新しいことにひとつひとつ興味を持つことが、少しずつ社会の多様性を拡張していくことにつながるのでしょうか?

そう思いますね。小さな本屋が自分に影響を与えたように、小さな動きがあちこちで起こることで、やがて大きなうねりとなり、より成熟した社会につながっていくと信じています。

「人間にしかできない仕事とは何か」を考えてみたい

—安田さんは、音楽家の枠を超えて幅広く挑戦されています。考え方に影響を受けた方はいますか?

”アトム先生”ですね。ドイツ出身の音楽家、アトム・ハートで、僕にとっては師匠のような存在です。90年代からずっとファンで、2006年のイベント「Sonarsound Tokyo」でお会いしたのをきっかけに、一緒に楽曲を作るなど交流があります。

音楽を通じてエイズ撲滅を目指すチャリティー・コンピ・シリーズ『Red Hot』のブラジル編として、2011年に15年ぶりにリリースされた『Red Hot + Rio 2』。DISC-2の14曲目「3月の雨 (Águas de Março)」では、安田寿之とアトム・ハートが、ボサノヴァの巨匠アントニオ・カルロス・ジョビンの名曲をカバー。安田はこの曲について「他のどんな曲にも似ていない、完成された作曲とは何かを教えてもらった曲」と語っている。

アトム先生は、複数の名義で大量に作品を発表していたんです。その中には「誰も聴いてないんじゃないか」と思うほどマニアックなものもありましたが、失敗を気にしないというか、100のうち1つが世に届けばいいという姿勢を感じて。リリース形態や社会との関わりについて「とにかく試行錯誤していこう」と思うようになった原点ですね。

また、レーベルを運営していることや、コンセプチュアルな作品づくりにも刺激を受けましたし、日本で開いた写真展からは、”音楽×写真”という表現の可能性について考えるきっかけをもらいました。

—写真展といえば、来年1月にはアルバムのリリースイベントとして、ライブと写真展を開催されるそうですね。展示では、各楽曲ごとの写真が並ぶ予定でしょうか?

そうですね。写真は一度キャンバスにプリントして撮影しているので、その実物を展示します。また、アルバムには収録されない各曲のリミックスヴァージョンも制作していて、それを小さなスピーカーにSDカードで差し込み、写真とセットにした1点物として販売する予定です。

写真展「Colina Madre 展」は、2026年1月23日(金)〜25日(日)に東京都世田谷区のumで開催される。初日夜には「Colina Madre ライブ」と題した演奏会も行われ、安田寿之、山本のりこ、岩下清香、行川さをり、飯田雅春が出演する。24・25日昼には村上由希映を迎え、「小さなトークとピアノ演奏」も開かれる。

「1点物」というのも、造形や絵画と同じような考え方ですが、音楽の流通としては新しい形ですよね。1点だから値段を自由に設定できるし、過去に別プロジェクトで実践したときは完売したんです。時代が変わっていくなかで、まだまだ新しい形を考えていきたいですね。

—最後に、今後の目標や展望について教えてください。

この2020年代は「音楽家の新しい仕事の創出」をテーマに音楽が社会に貢献できることを模索していますが、医療や福祉など、もっと関わりたい分野もあります。ヤングケアラーの問題ひとつを取っても、たとえば電子楽器を使った参加型のセッション演奏イベントを開くことで、地域や周囲との自然な交流が生まれ、ひとりで抱え込まない環境づくりを後押しできるのではと思うんです。

アルバム4曲目の「Bate papo (とりとめのない話)」は、インストゥルメンタルとして制作された楽曲。ジャンル名「ボサノヴァ (Bossa Nova)」がポルトガル語で”新しい感覚”を意味することにちなみ、ポルトガル語で名付けられている。

それから2030年代は、音楽家に限らない「新しい仕事の創出」を目標にしようかなと。AIが台頭するなかで、「人間にしかできない仕事とは何か」を考えてみたいんです。

今回のアルバムでも、フェルトピアノのノイズをかなり残しています。ノイズと言っても、ペダルを踏む音やピアノそのものが響く音なのですが、AIには作れないバランスだと思っていて。この「どういうノイズを、どれくらい入れるか」を考えることが、人間だからできることだと感じています。

—音楽を聴いて感じる”人間らしいあたたかみ”の背景には、そういった些細なノイズの差があるのかもしれませんね。

そう思いますね。人によっても、時によっても、いいと思うものが変わる「曖昧」が人間らしさの本質だと思います。

プロフィール

安田寿之

1990年代中盤よりFPMとして活動後、2000年に1stアルバム「Robo*Brazileira」を発表。以降、コンセプチュアル作からシンガー・ソングライター的な作品まで多様な制作を行い、世界的コンピ「Red Hot + Rio 2」にも参加。5thアルバム「Nameless God’s Blue」では、J- Waveチャートにて6週にわたりランクイン。Towa Tei、Atom Heart、Fernanda Takai(Pato Fu)、Clara Muldaurらと、内外・ジャンル問わず共作・共演を行う。TV、CM、中野裕之監督映画、篠山紀信写真映像作品、桑原茂一コメディ作品、パフォーマンスなどへの制作も多数。「西園寺さんは家事をしない」(TBS)、「これは経費で落ちません!」(NHK)、「突然ですが、明日結婚します」(フジテレビ)など、コメディ作品へ上品で瀟洒な劇伴音楽を提供。音楽環境研究所合同会社代表として、多様な音楽家のリリースを行いながら、音楽による社会貢献を目指し新しい仕事の創出を行っている。武蔵野音楽大学にてコンピュータ音楽、音楽ビジネスを教える。

執筆・編集:石松豊

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