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PROJECT 11
ニュウマン高輪のBGM制作の裏側。SoundscapeDesignLabが語る 「音風景に物語があるから、”100年続くBGM”になる」
2026.03.11
画像提供:株式会社ルミネ
どの商業施設でも、同じようなヒットチャートが流れる現代。そんななかで注目されているのが、新しいBGMの考え方「サウンドスケープ・デザイン」だ。
ルミネ史上最大規模の大型施設・ニュウマン高輪では、季節や時間に合わせて変化するBGMが各フロアごとに流れている。心地よい「自然の音」は、80か所以上を1年かけてフィールドレコーディング。その音を再構築し、「ニュウマン高輪という街の音」として届けている。
このBGMを手がけたのは、サウンド・ブランディング・エージェンシー『SoundscapeDesignLab』の斉藤尋己。ニュウマン高輪ならではの「100年聴き続けられるBGM」に込められた物語と、斉藤が大切にする「個性ある音風景」への想いに迫る。
人の心に残るサウンドスケープになるためには、物語が欠かせない
—斉藤さんは施設内BGMなどの音楽制作において、「サウンドスケープデザイン」という言葉を使われています。一般的なBGM制作とは、どのような違いがあるのでしょうか?
僕の場合は、単にスピーカーから流れる音楽をつくるのではなく、施設全体での”音のあり方”を考えるところから始めるんです。

空間の中にさまざまな音が配置されるなかで、訪れる人がどんな情景を感じるのかを想像しながら、「その空間ならではの音風景」となるBGMをつくっていきます。
—「その空間ならではの音風景」をつくるうえで、どのようなことを大切にされていますか?
その土地やクライアントが持つ個性を活かしながら、「物語になる音」を紡ぐことを大切にしています。昔話の『かぐや姫』のように、物語というのは長く語り継がれる、持続可能なかたちだと思っていて。

音の背景に、多くの人が共感できる物語を持たせることで、本当に100年先まで続いていくBGMになると思うんです。人の心に残るサウンドスケープになるためには、物語が欠かせないんですよ。
個性的な音風景がどんどん失われているんです
—今回のニュウマン高輪のBGM制作は、とても大規模なプロジェクトだったと思います。最初はどのようなお話だったのでしょうか?
昨年春、新しくオープンするニュウマン高輪のBGM制作にあたり、コンペへの参加をご依頼いただきました。「挑戦し続ける実証実験の場でありたい」という思いから、従来のフォーマットにとらわれない新しいBGMの形を模索されていたんです。その可能性を、SoundscapeDesignLabに見出していただきました。

BGMの方向性としては「情緒的価値に訴える」「活発ではなく癒し」といったキーワードが挙げられ、「通販の時代だからこそ店舗での体験を豊かにしたい」「買い物目的でなくても滞在してほしい」という思いも込められていました。
—新しいBGMの形を模索していた背景には、他施設との差別化もあったのでしょうか?
あると思います。似たようなブランドや飲食店が出店している大型施設が他にもあるなかで、「ニュウマン高輪ならではの体験とは何か?」が課題になるんですよね。

これは音風景の観点でも同じで。今はどこへ行っても同じスニーカーの足音がして、同じヒットチャートが流れている。流通や情報のスピードが上がり、世界が平均化していくなかで、個性的な音風景がどんどん失われているんです。
—以前のインタビューでも、「京都のお寺で靴を入れるビニール袋の音が情景を崩している」と話されていましたね。地域や文化のアイデンティティが失われてると感じていますか?
よく世界遺産として保存しようとする動きがありますが、人間は視覚優位なので、音としての個性がすでに失われてしまっている場所も多いんです。もちろん、日本で下駄を履く人がいなくなったように、資本主義社会で利便性や快適さが求められる中、避けられない流れではあると思いますが…。

それでも、京都のお寺で再利用可能な布袋を配れば、環境負荷も減らすことが可能かもしれないですし、より京都らしい音風景を感じられると思うんです。インターネットの普及で「そこに行かないと体験できないこと」の価値が高まっている今だからこそ、「その空間ならではの音風景」をつくることには大きな意味があると考えています。
100年先の新しさは100年後の人間がつくるんですよね
—ニュウマン高輪のBGMについて、コンセプトを教えてください。
テーマの「100年聴き続けられるBGM」を考えたとき、それは自然音だと思ったんです。地球の基調音として、人類が太古から当たり前のように耳にしてきた、聞き馴染みのある音ですよね。
自然音は、各店舗で流れるBGMが異なっていても、それぞれの個性を損なうことなく共存できます。また、密閉度が高い現代建築が抱える「低音が溜まりやすい」という課題も補完できる。そうした特性も活かしながら、音の背景に持たせるストーリーを、高輪の歴史や文化を読み解きながら構築していきました。

高輪は、かつて関西から江戸へ向かう東海道の玄関口で、近くには品川宿という宿場町もありました。そこから着想を得て、人や物が行き交う情景を音で描けたらと考えたんです。具体的には、1年かけて東海道沿いの豊かな自然音をフィールドレコーディングし、その素材からBGMを制作しました。
—6箇所のBGM(1F、2F、North 3F&4F、South 3F&4F、5F、エスカレータースペース)には、どんな違いがあるのでしょうか?
全体としては、ニュウマン高輪を”ひとつの街”に見立てて、「街のサウンドスケープ」を描くイメージで構成しました。頭の中で地図を広げながら、川や田んぼなどの位置を決めていく感覚ですね。各エリアの生態系も意識しました。

1Fは、かつて高輪が海に面した土地だったことから、海や湖の音を中心に配置。階を上がるにつれて小川や里山を通り、山に近づいていき、5Fでは深い森に辿り着く。館内を歩くと、ゆるやかに風景が変わっていく感覚を意識しました。
—描いた音風景としては、これらのBGMに店舗や訪れる人の音が混じって完成するのでしょうか?
そうですね。でも「完成」はもっと先で、10年、100年と街が続いていくなかで少しずつ形になっていくのかなと。きっとクリスマスソングが大音量で流れる賑やかな日もあれば、お客さんが少ない静かな日もあるでしょう。BGMとしては、時代とともに新しくなる店舗やお客さんの個性を邪魔しない、”当たり前の存在”を目指しました。

結局、100年先の新しさは100年後の人間がつくるんですよね。だからこそ、新しいことが生まれ続ける環境には、流行り廃りに左右されない普遍的な存在として、自然音が最もふさわしいと感じたんです。いま先進的に思える音でBGMをつくっても、10年後には古く感じてしまうでしょう。
ニュウマン高輪の皆さんも、「”普遍的なことをする”という試み自体が新しい」という考えにとても共感してくださったので、「自然音は新しさを感じない」という話にはなりませんでしたね。
「これからニュウマン高輪の音になってほしい」という願いを込めて
—BGMは録音した自然音そのままではなく、複数の素材を組み合わせていますよね。なぜそのプロセスが必要なのでしょうか?
自然音を心地よく聴いてもらうためには、情景を崩す音を取り除いたり、演出を加えたりする必要があるんです。というのも、普段僕らは自然の音を聴くとき、五感で聴いてるんですよね。葉がそよぐ心地よい音も、風の温度や触感を含めて感じているので、音だけで聴くとノイズに感じることもあるんですよ。

本物の自然がいちばん良い音ですが、施設では安全面などの理由で窓を開けられないこともあります。そんなとき、自然を感じるBGMが流れることで、まるで窓をひとつ開けたような空気の変化が生まれるんです。
—午前中は鳥がよく鳴き、夕方には虫が現れるなど、時間や季節に合わせた音の変化も印象的でした。
地球のリズムと同期させることで、訪れた人が違和感なく過ごせるように意識しています。高輪の日の出・日没時刻に合わせているので、体内リズム(サーカディアンリズム)が崩れず、心にも体にも優しいんですよ。

特に聴いて欲しいのは「夜明け」の時間。目覚めた鳥たちが一斉に鳴き始める、生命力あふれる瞬間です。オープン時間が11時なので、夜明けに録音した音をこの時間に盛り込み、館内が動き始める賑やかな場面を演出しています。
—音楽的な要素で、ニュウマン高輪らしさを表現した部分はありますか?
象徴的な音として「水琴窟」を取り入れました。唯一の文化的な音ですね。ただ、ニュウマン高輪らしさを表現したというよりは、「これからニュウマン高輪の音になってほしい」という願いを込めています。

音には、エピソード記憶を呼び起こす力があります。たとえば、ふと水琴窟の音を耳にした瞬間に、子どもの頃に親と訪れたニュウマン高輪でプレゼントを買ってもらった記憶が蘇るかもしれない。そんな体験が多く生まれると嬉しいですね。
本当は、スピーカーの選定や設置場所の検討から関わりたい
—BGM制作を依頼するクライアントは、「サウンドスケープデザイン」という言葉を知らないケースも多いと思います。制作を進めるうえで、どのようなことを意識していますか?
なるべく丁寧にコミュニケーションを取り、最終的な音のイメージを共有することを大切にしています。多くのクライアントにとっては初めての体験なので、考え方やストーリーを何度も共有したり、ビジュアルやサンプル音源を活用したりして、できるだけ先のイメージが見えるように工夫しています。

今回は登山が趣味の方がいらっしゃり、季節による音の変化や標高で変わる空気感などについて、共通のイメージを持つことができました。目指す音の方向性が一致してくると、「こっちの音の方がいいよね」という感覚的な議論もスムーズに進みやすいんです。
—制作中、大変だったことはありますか?
実際に施設で音を流す運用的な調整が大変でした。建築や音響機器に関わる方々にとっても新しい試みだったので、考え方のすり合わせや、時間や季節で音が変化する仕組みの実装など、ひとつひとつ丁寧にコミュニケーションを取りながら進めました。

本当は、スピーカーの選定や設置場所の検討から関わりたいんです。BGMを心地よく響かせるには、やっぱりハードウェアやシステム面も重要で。
内装や家具を検討するのと同じように、まだ図面もないコンセプト段階から音を検討していく形が理想ですね。目指す音体験を実現するための最適な設計を話し合えますし、不要な部分を削ることでコスト効率も高められます。できるだけ早い段階でお声がけいただけると嬉しいですね。
それぞれの個性を尊重していける社会がいい
—斉藤さんは「個性のある音風景」にこだわって制作されていると思いますが、「個性のある音風景」が増えていくと、どのような社会になると思いますか?
単純に、楽しいと思いますよ。京都に行ったら、やっぱり和服を着ている人に会いたいじゃないですか。これは「みんな和服を着ましょう」という話ではなく、多様性というか、いろいろな人や場所があっていいという話で。それぞれの個性を尊重できる社会の方が、生きやすいですよね。

音の世界も同じで、ニュウマン高輪のBGMについて今日これだけ話しても話し尽くせないように、物語のある音風景は長く愛される”強いアイデンティティ”になると思うんです。
これからも、少しでも多くの「個性のある音風景」を残したいですし、新しい個性をつくっていくという意味でも、もっといろいろな空間に携わっていきたいですね。
プロフィール
斉藤尋己
1980年7月10日、東京生まれ。10歳でクラッシックギターを始め18歳から本格的にクラッシックの音楽理論を学ぶ。その後、日本大学芸術学部音楽学科情報音楽コースに入学し、音響心理学、音響解析等を学び、実験的作品やオーケストラ作品などで作曲活動を開始。卒業後は、映画・CM・TV・Webなどの多くのメディアに楽曲を提供する他、nanacoカードのインターフェイス音やYAMAHAの音源開発、企業CIなどのサウンドデザインにも携わる。また、ジャパン・ハウス・ロンドンやミラノサローネでの展覧会の会場音楽制作や、サウンドインスタレーションなどのアート作品を発表し、様々なアーティストとのコラボレーションも積極的に行っている。2016年、自身主催によるサウンドスケープを思考の軸に据えたサウンド・ブランディング・エージェンシーSoundscapeDesignLabを立ち上げる。
執筆・編集:石松豊
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