MAGAZINE
ARTIST 14
ヴァイオリン奏者・根本理恵がソロ作品で見つけた「余白を楽しむこと」。合唱部の原体験が育んだ、音を重ねる歓び
2025.07.14
photo by Ryoko Nezu
ヴァイオリン奏者として長年haruka nakamuraのサポートで活躍し、近年は太田美帆、小松陽子とのポストクラシカル・トリオadagioや、コニカミノルタプラネタリウムでの公演など、幅広い演奏活動をおこなっている根本理恵。
2021年にリリースされた1stアルバム『小さな灯りと鉛筆で描いた線と』からソロ活動を本格的にスタートし、今年3月には2ndアルバム『言葉をもたない歌』も発表。「今がいちばん楽しい」と語る彼女の言葉が印象的だった。
2枚のアルバム制作背景をたどると、思い悩んだ日々から自由になる過程や、音楽への向き合い方を大きく変えた合唱部での原体験、そして”誰かと音を重ねること”への想いが見えてきた。
「自分って、いったい何者なんだろう?」と悩んだ時期があって
—根本さんはソロ活動に限らず、adagioやコニカミノルタでの演奏など、さまざまな活動をされていますよね。ご自身では、それぞれの活動をどのようなバランスで捉えているのでしょうか?

まず軸にあるのはソロ活動で、そのうえでアーティストさんのサポートもしている、という感覚ですね。以前はサポートばかりしていたのですが、あるときふと「自分って、いったい何者なんだろう?」と悩んだ時期があって。
そうした気づきをきっかけに、ソロでの活動を始めるようになりました。もちろん、これまでアーティストさんのサポートをしてきたからこそ、今の自分があるとも感じています。
—今は、自分の中で“これが自分だ”と思えるような芯ができてきたと感じますか?
そうですね。「自分には表現したいことがあるんだな」と気づいてから、大きく気持ちが変わりました。振り返ると、ずっと悶々と悩んでいた気がします。ヴァイオリンを辞めたことも何度もありましたし、普通に就職していた時期もあって。だからこそ、今はとても楽しいですね。
気づいたらピアノで曲を作り出していました
—ソロのデビューアルバム『小さな灯りと鉛筆で描いた線と』は、どのようなきっかけから生まれた作品なのでしょうか?
きっかけは、息子が胎内記憶を話してくれたことでした。息子が3歳のとき、一緒に病院に行ったら、ちょうど妊娠中に診てもらっていた先生がいて。その先生が、息子がお腹の中にいたときのエコー写真を見せてくれたんです。「こんな感じだったんだよ」と、息子を膝の上に乗せて説明してくれました。
すると息子が急にばーっとしゃべり出して。「じつはさ、あかりくんがいてね」と、お話が止まらなくなってしまって……。人生でいちばん衝撃的な出来事でした。

それで、気づいたらピアノで曲を作り出していました。うまく説明できないけど、「この記憶をちゃんと記録として残さなきゃ」という気持ちになって。
それまでは、胎内記憶なんて全く信じていませんでしたし、そういう非科学的なことにはすごくドライだったんです。でも、実際に目の前で息子に話されて、いろんな固定概念を取っ払われました。「もっと自由でいいんだな」と、思えるようにもなりましたね。
—「物語を音楽として残したい」という衝動は、自然と出てきたんでしょうか。
そうですね。でも、本当に無意識で。自分にできることといえば音楽だから、それでしか残せないと思ったのかもしれません。
だから最初は、アルバムとしてリリースするつもりもなくて。家族に配るくらいで、「自分のために作れたらいいや」と思っていたんです。でも、だんだん音楽ができあがっていくうちに、「この物語が絵本だったらいいな」と思うようになって。それで、絵本付きのCDという形になりました。


1stソロアルバム『小さな灯りと鉛筆で描いた線と』は、絵本付きCDとして2021年にリリースされた。絵本は、息子「KO」による胎内記憶の物語 ” 小さな灯りくんとの楽しい冒険 ”。CDジャケットや絵本全体のデザインは、イラストレーター・日下明が描き下ろしている。
—楽器的には、ヴァイオリンだけでなくピアノやギターなど、さまざまな音色が重なっていますよね。
作曲のとき、ピアノを使うことが多いんです。ピアノは、自分ひとりで音楽を完結できるというか、両手で演奏できるので伴奏もメロディーも作りやすくて。今はヴァイオリンを演奏していますが、もともと母親がピアノ教師だったこともあり、2歳くらいから毎日のようにピアノを弾いていました。
表題曲『小さな灯りと鉛筆で描いた線と』。息子による胎内記憶の物語から最初に生まれた楽曲で、冒険のワクワク感が表現されている。それまで宅録での楽曲制作経験がなかったが、アプリなどを駆使して音を重ねながら、試行錯誤の末にかたちにしていったという。このデモ音源をSNSに投稿した際、田辺玄が「めっちゃいいじゃん。作品にした方がいいよ」とメッセージが届き、それがアルバムとして制作する後押しになったと根本は語る。田辺玄は録音、ミックス、マスタリングを手がけている。
あとは、ヴァイオリンはどうしても現実的で、強いメッセージ性が出てしまう印象があって。今回は物語が幻想的だったので、田辺玄さんにやわらかいエレキギターで参加してもらったり、ハルカくん(haruka nakamura)にも1曲参加してもらったりしました。コンセプトとなる基盤を自分の中で組み立てたあと、その先をいろんな方に味付けしてもらったようなイメージです。
—胎内記憶を音楽として表現することは、本当に特別な経験だったと思います。制作期間を振り返ると、根本さんにとってどのような時間でしたか?
いろいろと初めてのことばかりでしたが、ものすごく宝物のような時間でした。子育てをしながら、1〜2年かけてゆっくり制作していって。もう、あの時間は戻ってこないですから。
ときには、お風呂で息子と話しているときに「あっ!」とアイデアが浮かんで、急いでボイスメモに録音したこともありました。笑 本当に「思い出」って感じですね。
2曲目の『小さな灯り』には、haruka nakamuraがゲスト参加している。haruka nakamuraとは、名作『twilight』をはじめ、これまでライブや楽曲制作などで長年にわたり共演を重ねてきた。冒頭に入っている「おかあさーん」という子どもの声は、haruka nakamuraが以前から大切にあたためていた音素材で、今回この楽曲に取り入れたという。終盤では、「小さな灯りくん」が息子を送り出す場面が描かれており、そこには、子の巣立ちを見守る母の切ない気持ちも含まれている。
アルバムが完成したときは、出産したときのような気持ちになりました。ずっと一緒にいたけれど、「あ、離れていっちゃった…」と、寂しさを感じて。
でも同時に「また自分もがんばろう」という気持ちにもなりました。自分の作品なんだけど、息子の胎内記憶という物語の劇伴音楽を作ったような感覚があったので。だから実は、2ndアルバムのほうが、自分の表現をすべて出し切れたという意味で、気持ちとしては”1stアルバム”のように感じています。
よく意味が分からないところがいいなと思っていて
—その2ndアルバム『言葉をもたない歌』は、どのようなきっかけで生まれたのでしょうか?
ソロ活動を始めたばかりのときに、『白読』で定期演奏会を開催してほしい、と依頼をいただいたことがきっかけです。3ヶ月おきの開催だったので、そのたびに新曲を発表したいと思いながら、楽曲を作っていました。そうして曲が溜まってきたこともあって、アルバムとしてリリースすることにしました。


東京・赤坂のsansaで開催されている、惠川麗子が主宰するクラシック音楽のイベントシリーズ『白読』。Rie Nemotoは、2022年3月から数えて、これまで11回の定期演奏会を開催している。写真左は第6回、写真右は第11回の様子。(photo by Ryoko Nezu)
—それぞれの楽曲は、どのような着想から生まれていったのでしょうか?
落ち着かないコロナ禍で感じた不安や、ツアーの移動中に見たきれいな風景など、日々の中で揺れ動いた心情から曲ができていきました。たとえば、3曲目の『余韻』や4曲目の『翠』は、adagioでツアーをしていたとき、美しい瀬戸内海の景色を目の当たりにしたことで生まれた曲です。
ちょうど、和歌山で予定していたライブが、オーナーさんのコロナ感染で中止になってしまって。それで、昔、楽器店で働いていたときに仲が良かった友人が高松に住んでいたので、ふと思い立って急に会いに行ったんですよね。懐かしい気持ちや、コロナ禍ならではの複雑な気持ちがあるなかで見た、きらきらと輝いている瀬戸内海に心を動かされたというか……。想いが爆発したような感覚でした。
2025年にリリースされた2ndソロアルバム『言葉をもたない歌』より、4曲目『翠』。琴の音は、いろのみの磯部優が担当している。根本は、彼の琴が曲に入ることで「中性的で曖昧な音が、張り詰めた空気を柔らかくしてくれた」と語っている。
コロナ禍のときは、いちばんつらかった大学時代のことを思い出すことも多くて。当時、思うようにヴァイオリンと向き合えなかったんです。音楽を勉強すればするほど、挫折感を味わっていたというか……。
5曲目の『在りし日』は、その大学時代に初めて作った曲です。ちょうど『白読』の定期演奏会をやっているときに昔のことを思い出したこともあって、新しいアレンジで発表しようと思いました。
5曲目『在りし日』。日本大学藝術学部に在籍していたときに、作曲の授業で制作した楽曲。当時はヴァイオリンとピアノで演奏していたが、今回のアレンジではギターが加えられている。
—冒頭にも「ヴァイオリンを辞めたことが何度もあった」とおっしゃっていましたが、最近はうまくヴァイオリンと向き合えている感覚なのでしょうか?
今は、音楽をやっていて、初めて「楽しい」と感じられているかもしれないですね。それは、この『言葉をもたない歌』という作品を作るなかで気づいたことでした。
そもそも『言葉をもたない歌』というタイトルをつけてくれたのは、「白読」を主催されている方だったんです。私は高校生のとき合唱部に入っていて、声楽との出会いによって音楽観が大きく変わったのですが、今は言葉がないヴァイオリンを演奏している。その背景も汲み取りながら「言葉にならなかった歌の表現を、聴き手にも感じてもらえたら」という想いを込めて、タイトルを提案してくださいました。
表題曲『言葉をもたない歌』。言葉では表現しきれない形の無いモヤモヤしたもの、それでも形にしてみたい想いを、時間をかけて楽曲で表現した。アルバム曲のなかでは、最も完成に時間がかかったという。「白読」への感謝の気持ちも含まれている。
私はこのタイトルの、一見よく意味が分からないところがいいなと思っていて。はっきりしないというか、抽象的というか。
それまでずっと、白黒をはっきりさせてしまうタイプだったので、だからこそ何度もヴァイオリンを辞めてしまうこともあったんです。でも、このタイトルの”グレーな感じ”が、何かを決めすぎないというか、余白をたくさん作ってくれている気がして。作曲に対しても自由に、演奏に対してもリラックスして臨むことができていて、今はもう、苦しくならないでいられるというか……すごく楽しいですね。

あと、子供の頃から人見知りで、人前で演奏するのも苦手だったんです。学生時代は、とにかく緊張しちゃって。それもあって「向いてないな」と思い、何度も辞めてしまったり、結局、卒業後は就職することになったりして。
うまく言葉で話せなかったり、人に自分の気持ちを伝えるのが苦手だったり、そういう感覚とも重なって、『言葉をもたない歌』というタイトルがすごくいいなと思い、そのままアルバムのタイトルにさせてもらいました。
—言葉よりも音楽のほうが、自分の感情を伝えやすいという感覚もありますか?
そうですね。きっと、楽器を弾き続けてきたのは、そういう理由があったからだと思います。
人の声って、こんなにすごいんだ!
—先ほど「高校で声楽と出会い、音楽観が大きく変わった」とおっしゃっていましたが、どのようなきっかけで合唱部に入られたのでしょうか?
もともと中学2年生のときに、受験勉強を理由にヴァイオリンを辞めていて。高校には音楽科もあったのですが、進路を選びきれなくて、普通科に入学しました。
でも、音楽の授業は音楽科の先生が担当していて、そこで合唱部の顧問をしている声楽の先生と出会ったんです。
アルバム『小さな灯りと鉛筆で描いた線と』の5曲目『triangle』。今でも歌が好きで、声という表現を追求したいという思いから、作品にも何かしら”歌”を取り入れたいという意識があるという。
合唱というと、小中学校のときはずっとピアノ伴奏をしてきたので、それまでほとんど歌ったことがなかったんです。それで先生から「ピアノ伴奏でいいから、合唱部を見に来ない?」と声をかけられて。見学に行ったら、最初はちゃんとピアノも弾かせてくれたんですけど、気づいたら歌わされていました。笑
—そこから合唱部での日々が始まるんですね。
はい。強豪校だったので、NHKの全国学校音楽コンクールを目指していて、練習もかなり厳しかったですね。人生で初めて、歌に本気で打ち込む日々を送りました。
—どのように音楽観が変わったのでしょうか?
とにかく、合唱が素晴らしかったんです。それまでのヴァイオリンやピアノ演奏では味わえなかった、”人の声のパワー”というか……。人間の体が楽器になって、声同士がぶつかり合い、交わっていくことの凄まじさに圧倒されました。
たとえば、ソプラノやアルトなど、たった4部の構成であっても、オーケストラをも超えてくるような感動があって。ステージ上でも鳥肌が止まらなくて。「人の声って、こんなにすごいんだ!」と、初めて感激したんです。
根本が高校時代に影響を受けた合唱曲『はじめに』(作曲:松下耕、作詩:長田弘)。動画は松下耕 公式ウェブサイトのWORKSより、女声4部合唱編成での『はじめに・・・・・・』動画リンクを掲載。
あるとき、コンクールの本番の日に、光のようなものが見えてきたんです。あの瞬間をきっかけに、音楽に対する気持ちが大きく変わりました。
たぶんそれまで、私は音楽にそこまで強い関心を持っていなかったのかもしれません。でも、この体験がきっかけとなって、「もっと音楽を勉強したい!」と思い、音大を目指すことにしたんです。そこからまた、大学受験のためにヴァイオリンに戻っていくことになりました。
—根本さんの楽曲は、ヴァイオリンのソロではなく、ピアノやギターなど、誰かと演奏しているものが多いですが、合唱部での体験は、そうした音楽性にもつながっているのでしょうか?
そうだと思います。アンサンブルというか、”音を重ねること”が好きですね。誰かとぶつかり合うことで生まれる化学反応を、いつも楽しみにしています。
プロフィール
根本理恵
ヴァイオリニスト、作・編曲家。茨城県水戸市出身。ピアノ教師である母の手ほどきを受け、4歳よりピアノを、6歳よりヴァイオリンを始める。高校1年時に合唱との出会いがあり、音楽観が一変する。日本大学藝術学部音楽学科ヴァイオリン専攻卒業。現在、白読Solo定期演奏会 出演を始め、ジャンルを問わずにアーティストのサポート演奏、コニカミノルタプラネタリアTOKYOにて弦楽四重奏の生演奏×映像のコラボ公演に毎週出演、スタジオ録音、TV収録等、幅広いジャンルで演奏活動を行うとともに、後進の指導にもあたる。ヴィオラ、コーラス、作・編曲も積極的に行う。岩井俊二プロデュースのラジオドラマ(SEEDS OF MOVIES)「虹の女神」「東京安息日」にて楽曲を提供。NHK土曜ドラマ「ひきこもり先生シーズン2」(音楽:haruka nakamura)の劇伴収録に、ストリングスアレンジ、根本理恵ストリングスにて演奏で参加。ソロ活動のほか、太田美帆、小松陽子とのポストクラシカル・トリオadagioや弦楽四重奏Kokon Quartetのメンバーとしても活動。2021年、1st solo album『小さな灯りと鉛筆で描いた線と』をリリース。2025年、2nd solo album『言葉をもたない歌』リリース。
執筆・編集:石松豊
-
ARTIST 16
2025.12.22
「日々の記録」から生まれた曲が、誰かの日常にそっと寄り添う。sukimaが大切にする「音楽を作っていない時間」
シンガーソングライター・sowhei時代から変わらない「日々が音楽になる」こと
-
REPORT 7
#PR 2025.12.02
都市と自然のあわいを包む、秋夜のアンビエント。Tomotsugu Nakamura×Watasino 『駒沢こもれびBGMライブ』レポート
2025/11/21に駒沢パーククォーターで開催したBGMライブの記録
-
ARTIST 15
#PR 2025.11.10
新しい「音楽の価値」は、社会との関わりから生まれる。安田寿之が”アルバム+写真集”で示す、自由な表現のかたち
音楽家、会社事業、大学教務を通して追求する「音楽と社会の新しい関わり」
-
劇場アニメ ルックバック オリジナルサウンドトラック
haruka nakamura
特に最後、京本の笑顔のシーンとともに流れる「FINAL ONE」が本当に素晴らしくて、毎回この場面で号泣してしまいます。
sukima
-
櫛稲
Asu, 行川さをり
正直、作曲家として「参りました」と思いました。
安田寿之
-
Insight II
Julien Marchal
気持ちを落ち着かせたり、自分のソロ活動へと気持ちを切り替えたりするために、この作品をよく聴いています。
根本理恵
-
Pianisme
Sylvain Chauveau
全体的に静かな雰囲気で、余白を十分に感じられる作品です。夜、寝る前に聴くことが多いのですが、そのまま寝てしまうくらい心地よいですね。
Paniyolo
-
2026.01.14
和田彩花らによるバンドLOLOET、1stアルバム『環響音』リリース「自由で優しい音のなかに、そっとこの社会へメッセージを」
-
2026.01.14
「朝に優しく寄り添う歌を奏でる」DawnLuLu、5th EP『leonora』1/14リリース。"海辺のハミング楽曲"も収録
-
2025.12.28
ausが"箏"の音世界にフォーカスした新作『Eau』をリリース。1/17にはmarucoporoporoら共演の記念イベント開催
-
2025.12.26
八丈島でフィールドレコーディング。MIZ(MONO NO AWARE 玉置周啓&加藤成順)による新作EPが12/26配信リリース
ABOUT
生活風景に
穏やかな音楽を
『Ucuuu』は、穏やかな音楽の魅力を発信するAmbient Lifescape Magazine(アンビエント・ライフスケープ・マガジン)です。
アンビエント、エレクトロニカ、インストゥルメンタル、アコースティックギターやピアノなど、「穏やかな音楽」は日常にBGMのように存在しています。
木漏れ日のように、日常に当たり前のようにありながらも強く認識はせず、でも視線を向けると美しさに心癒されるような「穏やかな音楽」の魅力を多面的に発信しています。