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PROJECT 9

「BGM」ではなく、「音楽」で空間をデザインする。Vegetable Recordが拓く、音楽家の新たな可能性

2025.02.20

飲食店やホテル、商業施設、公共施設など、私たちの生活空間にはさまざまな音楽が流れている。「BGM」として既存の楽曲が流れる空間も多いが、その空間のためにオリジナルの「音楽」を制作しているのが、Vegetable Recordだ。

Vegetable Recordは2013年頃から活動を開始し、これまで日本各地の約100カ所で「その空間のためだけの音楽」を制作してきた。無印良品のオフィスや六本木ヒルズの森タワー展望台など、著名な施設も多く手掛けている。

「音楽を使った空間デザイン」が始まった背景や制作におけるこだわりについて、Vegetable Recordの林翔太郎さんと三上僚太さんに話を伺うと、特にインストゥルメンタルの音楽を制作する音楽家にとって、新しい活動の選択肢が広がる未来を感じることができた。

最初から「音楽を使った空間デザインをやろう!」と思っていた訳ではない

—今日は「音楽を使った空間デザイン」についてお伺いしたいと思います。この活動はどのようなきっかけで始まったのでしょうか?

三上:僕らVegetable Recordは、もともとインターネットレーベルとして設立し、お互いのソロ作品をリリースしていました。だから、最初から「音楽を使った空間デザインをやろう!」と思っていた訳ではないんです。

林:当時のソロ作品は、歌が入っている楽曲や少し激しい曲調のものもあり、今とは異なる雰囲気でした。

「音楽の新しい楽しみ方・価値観を創る」をコンセプトに掲げる音楽レーベル・Vegetable Record。ソロアーティストのSyotaro Hayashi(写真左)とRyota Mikami(写真右)が、2013年頃に設立した。

三上:設立時は、いわゆる「音楽だけでは食べていけない時代」でした。TSUTAYAのレンタルが一般化し、YouTubeやMySpaceが台頭してきて、CDが売れなくなってきていたんです。

そこで、CDに代わる「音楽を届ける方法」を模索していたところ、知り合いにビール屋さんやコーヒー屋さんがいたこともあり、「食品に音楽を付けてリリースしたら、買ってもらえるのでは?」という発想に至ったんです。そこから、ビールやコーヒー、おでん、靴べら、Tシャツなど、さまざまなプロダクトと音楽をセットで販売するようになりました。

[写真左] 2017年にリリースした、音楽ダウンロードコード付きコーヒー豆。パッケージには、アルバムのジャケットがデザインされている。[写真右] 2018年にリリースした、音楽付き靴べら。QRコードから音楽をダウンロードすることができる。

—おもしろいですね!どんな楽曲を付けていたんでしょうか?

林:この頃から、自然とインストゥルメンタルの楽曲を作ることも増えていきました。例えば、コーヒーの音楽は最初こそ味と結びつけていませんでしたが、次第に原産地や味わいからインスピレーションを受けて作るようになりましたね。

—コーヒーやビール付きの音楽は、CDショップに限らない場所で販売されていたんでしょうか。

三上:そうですね。あとは、自分たちでも販売できる場所を持ちたくて、浅草で1年半ほどお店をやっていました。このお店で新しい人に出会うようになったことが、「音楽を使った空間デザイン」を始める大きなきっかけになっています。

2017年に元浅草にオープンした、音楽付きのコーヒー豆・ビール専門店「ベジタブルコーポレーション」。カフェバーとしてビールやコーヒーを飲むことができたり、ギャラリーショップとして音楽付きグッズを販売していた。

三上:お店に訪れる人たちと「音楽を届ける方法」について話すうちに、コーヒーやビールといったプロダクトだけでなく、もっと大きな「空間そのもの」も音楽のメディアになり得ると気づいたんです。お店もそうですし、オフィスや公共施設、さらに広く見たら特定の地域なども、音楽を届けるメディアになるんじゃないかと。そこから「音楽を使った空間デザイン」として音楽作品を発表することに注力していきました。

Webサイトには100近い「音楽を使った空間デザイン」が掲載されている。ホテル、モデルルーム、オフィス、飲食店、病院、図書館など、幅広い業態における音楽を手がけている。

すべてを着想源として捉えている

—最初に手がけた「音楽を使った空間デザイン」ついて教えてください。

三上:上野にあるホテルの、個室トイレ内の音楽を制作しました。たまたまお店にホテル関係者の方がビールを飲みに来ていて、会話をしているうちに、その制作を依頼されることになったんです。

2018年に制作された、野村不動産が手がけるホテル「NOHGA HOTEL UENO」の1F個室トイレ内の音楽『Song for NOHGA HOTEL UENO』。活気があり華やかな雰囲気と、個室に静かにこもる状態を両立させるような音楽が表現されている。

—トイレで音楽を流すことは、なかなか浮かばない発想に感じます。

三上:建築的にも、トイレは盲点の場所になりやすいみたいです。でも、建物の隅々までその世界観を体験してもらうには、トイレも重要な場所だと思うんですよね。

備え付けの音響機器がなくても音楽を流すことができる、小型のスピーカー。SDカードを使って、音楽を再生することができる。大きな工事をしなくても、手軽に音楽を空間に取り入れることができる。

—制作を通して、空間が音楽を届けるメディアになるという実感はありましたか?

三上:そうですね。自分たちの音楽を不特定多数が訪れる空間に流すのは初めてだったのですが、その空間に音楽がぴたっとはまった感覚がありました。

林:その頃はインストゥルメンタルやアンビエントの楽曲を主に作っていたので、プロダクトから空間への移行がスムーズにできた部分もあったと思いますね。いわゆる大衆的な存在ではない音楽でも、空間とセットになることで、より自然に聴いてもらえることに気づきました。

2024年11月から2025年3月16日まで開催中の展示「NIPPONの47 2025 CRAFT 47の意志にみるこれからのクラフト」における音楽『Songs for NIPPONの47 2025 CRAFT』。展示会場の4ヶ所に小型スピーカーが設置され、それぞれから異なる4曲が流れている。互いにずれ続けながら混ざり合うことで、グラデーションのような有機的な空間が形作られている。

—自身の作品としての音楽と、空間のために制作する音楽では、制作において違いはありますか?

三上:あまり違いは意識していなくて、それぞれの間に明確な線引きをせずに作っています。その空間をきっかけに、新しいジャンルやテイストの音楽を制作することはありますが、どちらかというと、空間も楽曲の着想源として捉えているんです。映画や風景、日常の出来事から音楽を作るのと同じような感覚かもしれません。

林:味わいやデザインなど、さまざまな着想源から音楽を作るのは楽しいんですよね。自分の作家性だけだと世界観が限られてしまいそうですが、それぞれの空間が持つ特色からインスピレーションを受けることで、音楽の自由度が無限に広がっていく感覚があります。これは、音楽家として制作を続けていく上でも、とても重要な要素だと感じています。

「いい空気」を入れるような感覚

—空間における音楽を制作するとき、意識していることはありますか?

林:「その空間ならではの音楽」を作ることを目指しています。空間が持っている特色を活かして、もともとその場所で自然に鳴っていたような音楽を作りたいと、いつも考えていますね。空間に「いい空気」を入れるような感覚かもしれません。

Webサイトには、制作を重ねる中で生まれた新しい用語が並んでいる。「その空間ならではの音楽」を意味する「サイトスペシフィック・ミュージック」は、現代アートの用語「サイトスペシフィック・アート(=特定の場所に存在するために制作された作品)」から名付けられた言葉だそう。

—空間の特色は、どんな要素から読み解くのでしょうか?

三上:建物のコンセプトや内装デザインなどもそうですし、実際に現地を訪れて感じたことから読み解くことも多いですね。その地域の民謡やお祭り、食べ物がヒントになることもあります。ワークショップを開催して、参加者と一緒に「その空間ならではの音」について考えることもありますね。


大分県にある「アマネク別府ゆらり」「アマネクイン別府」の館内音楽『Songs for AMANEK BEPPU』。地獄めぐりの温泉から立ち上る湯けむりをイメージとし、フロアに散りばめた14台の小型スピーカーから、それぞれ異なる音楽を同時に再生している。

林:特色を音楽で表現するときは、楽器や音色の選び方はもちろん、その空間の環境音を楽曲に取り込んだり、地形や風景に合わせて音やスピーカーを配置したりと、毎回それぞれの空間に合わせてアプローチを変えています。

—BGMとして音源を作るのではなく、実際の聴こえ方まで含めてデザインしているんですね。

林:そうですね。いわゆるBGMのイメージでオファーされることも多いですが、最初に僕らが目指す音楽の考え方を伝えてから制作に入るようにしています。

三上:実際に手がけた音楽が流れている空間へ一緒に行き、どのように音楽が聴こえるかを体験してもらうことも多いですね。音楽はインターネット上ですべてを説明するのが難しい一方で、感覚や身体で理解できる部分があると思います。僕らの音楽もストリーミングで配信していますが、現地で聴くことで、その魅力を一番感じてもらえると思いますね。

ポップミュージックと同じように、愛着や親しみを持てる対象になり得る

—「音楽を使った空間デザイン」には、どのような意義を感じていますか?

三上:まだ一般的に認知されていない考え方だからこそ、新しい領域として実践する意義を感じています。例えば、すごくコンセプチュアルな空間に行ったとき、視覚的なデザインは細部まで考え抜かれているのに、音楽はスタッフの好みで選ばれた曲が流れていることがありますよね。

—確かに、雰囲気と合っていない音楽が流れていることに違和感を感じたことがあります。

三上:音楽も建築やグラフィックと同じようにデザインできるはずなのに、あまり意識されていないのは不思議なんですよね。どうしてもデザイン文脈での音楽は「バックグラウンドミュージック(BGM)」として扱われがちだからこそ、僕らが音楽家としてこの分野に関わり、事例を増やしていくことには大きな意味を感じています。

林:もちろん、BGM自体を否定している訳ではありません。空間に合ったBGMが流れている場所もありますし、僕たちの音楽も、機能的な意味ではBGMとして流されることが多いです。


2024年2月に移転した、株式会社良品計画の新オフィスの音楽『Songs for 良品計画本社オフィス』。「はたらく場所」「あつまる場所」「時報」の3種類の楽曲を制作した。制作プロセスの中では、「無印良品の音ってどんなイメージ?」などを問いかける社員を対象にしたワークショップも実施した。

三上:例えば、BGMとして歌入りのポップミュージックばかりを流していると、同じような曲調に飽きてしまったり、5分ごとに曲が切り替わるのが気になったりしてしまうんです。でも僕らが作る音楽には大きな展開がなく、曲の始まりや終わりもはっきりしないので、空間の中でこそ本領を発揮できるんですよ。

林:その場所に合ったオリジナルの音楽を流すことで、訪れた人に「この場所の音楽、おもしろいね」と感じてもらえたら最高ですね。

—アンビエントなどインストゥルメンタルの音楽は、マイナーな存在に見られがちですが、「音楽を使った空間デザイン」では、逆に主役になり得るんですね。

三上:空間で流れるインストゥルメンタルの音楽も、ポップミュージックと同じように、愛着や親しみを持てる対象になり得ると思っています。実際に音楽を制作した施設でも、普段はJ-POPを好んで聴く担当の方が「この音楽すごくいいですね」と言ってくれることがありました。


六本木ヒルズ森タワーの屋内展望台、東京シティビューの音楽『Songs for Tokyo City View』。次回は2025年2月18日〜3月2日に音楽が流れる予定。(2月18日~2月20日は一部通行規制。詳細はHP等を参照ください)展示等が行われていない期間に、300mほどの一周に小型スピーカーが12カ台置かれ、それぞれから異なる楽曲が流れる。

—「その空間ならではの音楽」が流れる場所が増えれば、居心地が良いと感じる時間が増えるなど、社会にも良い影響が広がりそうですね。最後に、今後Vegetable Recordとしてどのようなことに取り組んでいきたいと考えていますか?

三上:公共空間や病院、図書館など、まだあまり関われていないカテゴリーの音楽を作っていきたいです。あとは、地域全体のようなより広いエリアで音楽を使ったデザインに挑戦してみたいですし、海外の空間における音楽制作にも取り組んでいきたいですね。

林:音の鳴り方にしても、その空間にいる人の数で変化するような、決まった音源を流すだけではない仕組みも取り入れてみたいです。


アーティストインレジデンスとして制作した、音楽を使ったエリアデザイン『Song for 伊勢市』。滞在中に録音した「神社の玉砂利を掃く音」「大湊の貝殻の音」など、伊勢の様々な音を用いて楽曲を制作した。

三上:音楽を使ってデザインするという考え方は、10年後、20年後にはもしかしたら社会にとって当たり前のものになっているかもしれません。音楽家という生き方も、作品を発表する選択肢が増えることで、より活動しやすい未来が広がっていると感じます。

プロフィール

Vegetable Record

「音楽の新しい楽しみ方・価値観を創る」をコンセプトに掲げた、音楽レーベル。ソロアーティストのSyotaro Hayashi(写真左)とRyota Mikami(写真右)により設立。デジタル/商業空間/プロダクトなどあらゆる対象を、CD/カセット/レコードと同じ音楽のメディアとして捉え、建築空間やプロダクトに対して音楽作品をリリースするように「音楽を使った空間デザイン」「音楽を使ったプロダクトデザイン」などを手がけています。ワークショップやライブ、インスタレーションも多数開催。

プロフィール

Syotaro Hayashi

1988年福井県出身。Vegetable Record共同代表。音楽の鑑賞や作曲・演奏・発表方法といった従来の手法・枠組みを疑い、スポーツ・ランドスケープ・デザインなどの個人的体験をテーマに用いて、新しい音楽の楽しみ方や音楽の可能性を広げていくことで、他者や自身に対するまなざしを変容させることを大切にする。音楽とテニスを使った新作プロジェクト「Wild Conversation~Music Tennis~」を2024年に発表。2024年12月に個展「Wild Conversation~Music Tennis~ / YAU OPEN」@有楽町YAU CENTERで開催。

プロフィール

Ryota Mikami

1988年東京都出身。Vegetable Record共同代表。音楽の抽象性や可変性に注目した、目に見えない音楽ならではの表現方法や美しさ、面白さを追求した作品制作を行なっている。2014年「Buddha, Mozart and the Ladies」、2016年「Wedding」、2017年「3 Typology-ish Music Videos」@Quantum Gallery & Studio、2020年「Love Decorated with the Flowers」、2022年「What the Happy Puppy Dreamed of」、2023年「MOKA / Deus Ibi Est」、2024年「Songs for AGUA 水」、2025年「自然のカオス構造を音楽で表現する」@gallery full⇔emptyを発表。

執筆・編集:石松豊

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