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REPORT 1

コロナ禍で進化した「アンビエントの強度」。Tomotsugu Nakamura、Haruhisa TanakaらがDOMMUNEで語る

2024.05.02

2024年、アート&アンビエントレーベル「TEINEI」が始動した。主宰はTomotsugu Nakamura。坂本龍一の追悼コンピレーション・アルバム『Micro Ambient Music』にも参加したサウンドアーティストだ。

レーベル初のリリースは、自身のアルバム「Moon Under Current」と、Haruhisa Tanakaの「Nayuta」。水墨画をモチーフとした”飾れる”ジャケットで、アナログレコードもリリースされた。

レーベル立ち上げやアルバム制作の背景、またコロナ禍におけるアンビエントの変化について、特集番組「TEINEI EXCLUSIVE SHOW CASE」でDOMMUNE宇川直宏とUcuuu石松豊を交えて語られた内容を、編集版としてお届けする。

静寂や心の調和、平和な時間を届けられれば、フォーマットは何でもいい

—「TEINEI」を立ち上げた経緯について、教えてください。

中村:2019年に「Monologue」をリリースしたとき、配信だけじゃなくフィジカルでも聴いて欲しいと思って、「Qrates」という小ロットでレコードを製造できるサービスを使ってみたんです。

アート&アンビエントレーベルTEINEIのレーベルオーナーで、サウンドアーティストのTomotsugu Nakamura

普段デザインの仕事に携わっているので、プレスの部分さえクリアできれば自分でレコードを出せると気づいて。いつかレーベルをやってみたいと、ずっと構想を練っていたんです。

—フィジカルでも聴いて欲しかったのは、なぜでしょうか?

中村:配信だと、流し聞きしてしまうこともありますよね。配信の良さもありますが、音楽を聴く体験として、レコードに針を落としてゆっくり聴く時間を持ってもらいたいと思ったんです。

TEINEI初の作品として、Haruhisa Tanaka「Nayuta」がヴァイナルと配信でリリースされた

—レーベル名には「音楽を丁寧に聴く」という意味も込められているのでしょうか。

中村:そうですね。「寧」という字には穏やかという意味があって、アンビエントのレーベルとして合うと思いました。一方で、「丁寧」という名前の楽器が中国に昔あったそうで。戦争時に敵が来たことを知らせる大きな銅鑼(ドラ)で、注意喚起や攻撃的というニュアンスがあることから「アンビエントだけど、攻めたことをやりたい」という気持ちも込めました。

—内に秘めた熱があったんですね。

田中:僕も初めて知りました。笑 周りからも好評で、いろんな人から「レーベル名がいい!」って連絡が来てますね。

TEINEIからアルバムをリリースしたアンビエントミュージシャン・Haruhisa Tanaka

中村:よかった。笑 あとは外国の方でも覚えやすい名前を意識しました。オノマトペ的に繰り返す言葉が外国には少ないので、”テイネイ”は不思議な響きに聞こえるんじゃないかなと。

—TEINEIは「アート&アンビエントレーベル」とのことですが、音楽だけでない展開も考えているのでしょうか?

中村:そうですね。アンビエントを聴く方って、こだわりが強かったり、映画や文学、美術が好きだったりする方もいると思うので、芸術文化を包括的に取り扱うレーベルにしたいと思っていて。今回のジャケットは水墨画がモチーフでしたが、今後は絵だけプロデュースすることもあるかもしれません。

Tomotsugu Nakamura「Moon Under Current」。日本らしさを表現するために、水墨画をモチーフにした。描いたのはカザフスタン在住ロシア人の水墨画家・Aleksandra Bezmenova

—音楽をリリースしたいというよりも、「丁寧な時間」を届けたいという部分が根本にあるんですね。

中村:アンビエントという言葉に沿った静寂や心の調和、平和な時間を届けられれば、フォーマットは何でもいいというのが僕の考えです。

—アンビエントには色々な解釈があると思いますが、中村さんにとってのアンビエントとは何ですか?

中村:難しい質問ですね。笑 僕はもともとアンビエント・ミュージックを聴いてアンビエントを作り始めた人ではないんですよ。映画のサウンドトラックや現代音楽の中に環境音が入っていて、「こんな音楽があるんだ」とアンビエントに興味を持ったんですね。

タイタニック号の沈没をテーマにした現代音楽作品・Gavin Bryars『The Sinking Of The Titanic』をよく聴いていたという

だから僕にとってのアンビエントは、生活の中でバックグラウンドに鳴っている音楽ですね。誰かの日々のサウンドトラックになって欲しいと思って、いつも音楽を作っています。

音楽を聴くことで、少しでも穏やかに過ごせたら

—タナカさんのリリースは、どのような背景で決まったのでしょうか。

中村:ハルさん(=Haruhisa Tanaka)とは、10年くらい前からライブでお会いしていて。今はアンビエントを中心に作られていますが、その頃はノイズのような作風だったんですよ。

2013年からDOMMUNEで展開されている「現代ノイズ進化論」の3回目にHaruhisa Tanakaはライブ出演していた。その頃のライブ映像(音量注意)

コロナ禍にレーベルのことを考えていたとき、たまたまSpotifyのお気に入り曲を聴き直してみたんです。普段は無意識の内に保存しているので、しっかり聴いてみようと思って。すると、ハルさんの曲がいっぱい含まれてたんですよ。

—それこそ、中村さんの日々のサウンドトラックになっていたんですね。

中村:そうなんです。その後ハルさんと会う機会があったので、オファーさせてもらいました。

—最近のタナカさんの音はキラキラしてあたたかい印象ですが、「Nayuta」もふわっとして気持ちのいい音でした。

田中:今回の楽曲を作ったのはコロナ禍の終わりかけで、今ほど社会が戻っていない時期でした。この頃の自分は救いのある音を求めていて、それを2曲目の「Waterfow」などでうまく表現できた気がします。

Haruhisa Tanaka「Nayuta」2曲目の「Waterfow」。水鳥が湖で跳ねたり飛び立ったりする様子を表現している

—救いのある音?

田中:やっぱりコロナ禍はヘビーだったじゃないですか。音楽を聴くことで、少しでも穏やかに過ごせたらという思いはありましたね。

Haruhisa Tanaka

宇川:今のね〜、コロナ禍で耳障りのいい音に変わっていった、でも実はかなりヘビーな環境の元で生まれたという話。俺もコロナ禍でDOMMUNEを続けている中で、まさにその流れを感じてて。みんながアンビエントを作り始めましたよね。

田中:そうですね。

宇川:この流れと心を重ねたのが、2001年の9.11。同時多発テロがアメリカで起きたとき、William Basinskiが黒煙に包まれていく貿易センタービルを自分の部屋から撮影して、その映像に音楽をつけたんです。それがアンビエント・ミュージックだったんですね。日本でもDVDとしてリリースされて、すごく売れました。

William Basinski「Disintegration Loop 1.1」。奇しくもTomotsugu Nakamura「Moon under current」のジャケットが重なって見える。

コロナ禍もみんなが癒しを求めていて、でもフィジカルなダンスフロアに行くことができないから、今までテクノやノイズを作っていた人たちがアンビエントに向かう現象が起きたんですよ。この流れで田中さんが今回のようなアンビエントに作風が変わっていったのは、世界的な電子音楽家の動向としてすごく真っ当だなと思いますね。2019-20のパンデミックや、それ以降のポスト・パンデミックを象徴している音源だなと。だから今回のアルバムを聴いたとき、すごく感動しました。

田中:ありがとうございます。

—確かにコロナ禍は、テロや震災の時よりも死ぬことが自分ごと化しましたよね。見えない怖さだったり、どこに住んでも自分が病気になる可能性があることだったり。危機感や未来への不安がより強まった時期だったので、穏やかさを求める流れがあった印象は僕も感じていました。

田中:僕もそう感じますね。「Nayuta」には、そういう思いがだいぶ入っています。

もっと近い距離でアンビエントを楽しみたい

—ナカムラさんの「Moon Under Current」は静かめというか、タナカさんの音と似ていてあったかい印象を受けました。アルバムによってはソリッドな音が入ってたりしますよね。

Tomotsugu Nakamura「Moon Under Current」1曲目の「Rain Boundaries」。子供の頃に夕立ちの隙間を見た体験を曲名にしている。

中村:今回はグリッチ音を少なめにしていますね。コード進行も優しさを意識していて、1曲目の「Rain Boundaries」では、大正琴や中国の古琴の進行を参考にしています。穏やかさと、憂鬱になりそうで戻るという感情の流れをアンビエントで表現しました。

—先ほどの銅鑼といい、歴史や文化的な音からインスピレーションを受けることもあるんですね。

中村:そうですね。「Moon Under Current」というタイトルも、「水急不流月」という禅語から来ています。川に写っている月は流れない。何にも流されないどっしりとした姿勢を指す言葉なんですが、日本発のレーベルとして、日本の思想を作品に取り入れてみようとも思っていました。

Tomotsugu Nakamura

—ナカムラさんは、コロナ禍で何か変化はありましたか?

中村:ありましたね。作風が変わったというよりは、私生活における生活様式や人との距離感が変わったので、それに合わせて表現も少し変わったかなと。今はまた人との距離が近づいているので、もっと近い距離でアンビエントを楽しみたいですね。僕はピクニックとか好きなんですけど、外でアンビエントを聴いたりとか。

—いいですね、アンビエント・ピクニック。サンドイッチとか食べながら、太陽を感じたいですね。

コロナを通過したアンビエントの強度と言ったら半端ない

宇川:改めて、アンビエントはソーシャル・ディスタンシングの時代に広まったと思うんですね。ソーシャル・ディスタンスが心理的な距離で、ソーシャル・ディスタンシングは物理的な距離。物理的な距離を測ることができなかったからこそ、心理的な距離を意識し始めたというか。

DOMMUNE現場の様子。右は司会を担当したUcuuu運営の石松豊

人に会いたい欲求からオンライン飲み会が浸透したけど、続いたのは最初だけですよね。やればやるほど虚しくなって。だから「会う」という行為も再定義されたと思うんです。面を向かい合わせて対話することじゃなくて、空間を共有して無駄な時間の流れを優雅に過ごすことなんだと。これに気づく期間を全人類が取れたことは、すごく有効だったと思いますね。

—確かに、無目的であることに意識的になった気がします。

宇川:そうそう。再定義されたのは、環境を捉える音楽・アンビエントに関しても同じで。響きや効能だけじゃなくて、「会う」価値を再認識して、音がどういう空間で鳴るかを深く想定できるようになったのが、コロナ以降のアンビエントだと思うんですよね。このコロナを通過したアンビエントの強度と言ったら半端ないと思ってて。

周波数の揺らぎや波形で認知できる何かではなく、聴き手の空間における心理状態の蓄積まで意識して作られる世界が、今のアンビエント・ミュージックなのかなと思うんです。TEINEIは、この新しいアンビエントを丁寧に打ち出していくレーベルだと信じておりますので、ぜひ皆さん聴いて欲しいです。

—プレイヤーがリスナーを想像する時の深さや解像度もですし、リスナーのアンビエントに対する聴き方も変化してそうですね。アンビエントという言葉も、コロナ禍を経てより大衆的になった気がします。

宇川:そうですよね。コロナ禍ではフィールドレコーディングに関する本が日本で3冊も出たんですよ。どれも売れてるのが驚きですよね。

—僕らアンビエントを発信する人にとっても、今の時代はチャンスですよね。より届きやすくなったというか。TEINEIは今後リリースイベントも予定されてるんですよね?

中村:はい、5/11に東京・神谷町の光明寺で開催します。出演はハルさんと自分はもちろん、アートワークも自身で手がける多彩な女性・moskitooさんと、若手アンビエントのホープ・morimoto naokiさんをお迎えします。5月のいい陽気の中で、ぜひアンビエントを聴きに来ていただけると嬉しいです。

2024年5月11日(土)に東京・神谷町の光明寺にて、TEINEIのリリースイベントを開催。出演はTomotsugu Nakamura、Haruhisa Tanaka、morimoto naoki、moskitoo

—お寺でのアンビエント・ピクニックということですね。モリモトさんもモスキートさんもすごく好きですし、とても楽しみにしています。

中村:演奏は本堂で行うのですが、境内にあるオープンテラスがけっこう広いので、ライブ前後や休憩中はみんなでワイワイできたらいいなとは思ってますね。

プロフィール

Tomotsugu Nakamura

東京都在住のサウンドアーティスト。楽器とフィールドレコーディングを同時にプロセッシングする手法で独自のサウンドを奏でる。電子音とアコースティックのバランスがとれた音像が特徴で、 これまでにLAAPS(仏)をはじめとするの国内外のレーベルから作品を多数リリース。近年は、音楽と音の境界をテーマにギャラリーや読書カフェなどの音空間演出なども手掛けている。2023年にはドイツの音楽批評家賞”German Music Critics Award” Electronic & Experimental部門を受賞した坂本龍一の追悼アルバムmicro ambient musicに参加。 東京都新宿区のNTTインターコミュニケーション・センター[ICC]にておこなわれている坂本龍一トリビュート展にてライブを控えている。

プロフィール

Haruhisa Tanaka

"Haruhisa Tanakaは東京在住のアンビエントミュージシャン、音楽プロデューサー。彼の音楽はオールドテクノロジー、アナログテープループを使用した穏やかに流れる時間軸で構成され、多幸に満ちたサウンドスケープが特徴である。幼少期からピアノ、ギターを学び、高校生からバンド活動をスタート、その後レコーディングエンジニア、プロデューサーとしてキャリアを築く。2017年より本格的にソロ活動に取り組み、主に彼が運営しているレーベルPURRE GOOHNから30タイトル以上の作品をリリースしている。またライブパフォーマンスは日 本に留まらず、アメリカ、ヨーロッパ、アジア諸国でも披露している。現在はカナダのNettwerk Music Groupに所属しておりニューアルバムの制作中、リリースツアーを計画している。

執筆・編集:石松豊

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