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PROJECT 6

福祉作業所の生活音を楽曲に。セタオーレーベルが世田谷区から広げる、「音楽を聴く」社会支援の形

2024.04.15

世田谷区で2022年から始まった福祉×音楽のプロジェクト『セタオーレーベル』。福祉作業所で録音した”利用者の音”を用いて楽曲を制作する試みだ。これまでに7組のアーティストによって10曲が配信リリースされ、合計再生回数は2024年4月時点で34,000を超えている。

福祉施設の生活風景を描き出すインストゥルメンタル楽曲は世田谷区を中心に広まり、持続的なソーシャルプロジェクトとしてSDGs文脈でも注目されている。

福祉領域が持つ課題に、音楽はどう向き合えるのか。セタオーレーベルを運営するdot button company代表の中屋祐輔と企画/広報の谷口萌衣子に、福祉×音楽の可能性について話を伺った。

楽曲を聴いてもらえたら収入が得られるし、社会との接点も増えていくんじゃないか

—セタオーレーベルは、どんなきっかけで始まったんですか?

dot button company代表の中屋祐輔(右)と、企画/広報の谷口萌衣子(左)

中屋:2021年から世田谷区の『せたがや産業創造プラットフォーム』(※のちに名称がSETAGAYA PORTに決定)を構築、運営する機会を得ました。その取り組みの一つに、「福祉領域の社会課題を解決し、新しい産業を創出する」という目標があったんです。

世田谷区の持続的なビジネスやカルチャーを生み出していくための産官学連携プラットフォーム『SETAGAYA PORT』。

福祉領域には、B型作業所で働く工賃が令和3年度で平均月額16,507円と安く、自立を目指して生活することが難しいという課題があります。そこで別の収入源として、音楽ストリーミングサービスの配信収益に着目したんです。働いてない時でも誰かが楽曲を聴いてもらえたら収入が得られるし、社会との接点も増えていくんじゃないかって。最終的に、楽曲制作という形で企画がまとまりました。

『セタオーレーベル』という名前は、「セタガヤ」とスペイン語/ポルトガル語で「頑張れ!いいぞ!応援」を意味する「Ole!」が組み合わさってつくられた。

—楽曲制作や配信というアイディアは、どこから生まれたのでしょうか?

中屋:『INDUSTRIAL JP』という工場音楽レーベルですね。町工場で一定のリズムを刻む機械の音を録音し、ビートのある楽曲を作る企画です。これを福祉に置き換えてもできそうだと思ったんです。

工場音楽レーベル『INDUSTRIAL JP』。歯車やバネなど、町工場の製造過程から生み出される音と映像をリミックスし、作品化している。2017年には世界最大級の広告祭「カンヌライオンズ」でブロンズを受賞。

福祉作業所の利用者さんは当たり前ですけど僕らと一緒で、悲しいとか楽しいとか、いろんな感情を持っているんです。でも、その感情をうまく伝えられないこともあって。だからアーティストとコラボして、楽曲に生活音や活動音という”僕らの日常と同じ世界を感じられる要素”を取り入れてもらうことで、彼らの感情を伝えられるんじゃないかと考えたんです。

—機械音が印象的なINDUSTRIAL JPに対して、セタオーレーベルは”人の音”に着目しているのは面白いですね。

中屋:誤解の無いように伝えたいのですが、施設に行ったとき、彼らの”人間らしさ”が印象的だったんですよ。急に歌ったり、怒ったりと、持っているエネルギーを素直に出していて。僕らも子供の頃はできていたけど、大人になって抑えるようになりましたよね。彼らが自然体で生活していることが、逆に生き生きしているように感じたんです。

社会福祉法人藍の就労継続支援B型事業所である藍染工房「ファクトリー藍」で藍染をつくる様子

—障害のある方の気持ちや福祉作業所の様子は、あまり接しない人からは想像が難しい部分もありそうです。

中屋:たぶん普通に暮らしていたら接することのない場所だと思うんですよ。だからこそ、セタオーレーベルが福祉作業所の利用者さんのことを想像するきっかけになればという気持ちもありました。

社会課題に向き合う活動を持続的に進めていくために

—配信収益についてですが、配分率がサイトに掲載されていて印象的でした。

音楽ストリーミングサービスで楽曲が再生されると、配信者は収益を得られる。その収益を福祉作業所とアーティストに何割還元するかをセタオーレーベルのサイトで明示している。

中屋:社会課題に向き合う活動を持続的に進めていくために、レベニューシェア型を採用しています。運営管理費というのは利益目的ではなく、楽曲配信費を負担するための配分になります。楽曲買取の形よりも、セタオーレーベルに共感して頂いた方が参加しやすい仕組みだと思いますね。

—行政や福祉という財源を持ちにくい領域で、社会的価値を生み出しながら収益をシェアする仕組みは、文化支援という文脈でも持続的で素晴らしいと思います。

中屋:ありがとうございます。ただ、この仕組みを関係者と共有するのが大変でした。どんな音を録音するのかや、楽曲再生で収益が生まれる流れなど、一人一人に説明していきました。事例がないので想像が難しい部分もあり、最終的には「大丈夫なので、あとはもう任せてください!」って言ってましたね。笑

楽曲は利用者さんにとってすごく嬉しいものなんです

—初年度はワークショップ形式で集音されたそうですが、どんな流れだったのでしょうか?

世田谷福祉作業所で集音している様子。録音は楽曲制作するアーティストが行うのではなく、SETAGAYA PORTのメンバーが行った。

中屋:事前に施設で「音を探すワークショップ」を実施し、録りたい音をリストアップしました。職員さんと一緒に、利用者さんに好きな音を聞いていきましたね。結果的に、水道の蛇口を捻って出す水が流れる音や、お箸をケースに入れてカシャカシャ振る音、廊下を走る音など、20前後の音を録音しました。

—録音のときに意識したことはありますか?

中屋:自然体な音を録りたかったので、「いつも通りでお願いしますね」と声かけするなど、意思疎通を大事にしました。録られていることが分かると逆に緊張してしまう方もいるので、その辺りは職員さんにも協力してもらいながら、できるだけ利用者さんが普段通り生活できるように心がけました。

Shinji Wakasa「Koe」。世田谷福祉作業所で集音された利用者の”声の音”が楽曲に取り入れられている。

—自然体な音が含まれているから、楽曲を聴いていると、人が生き生きと生活している情景が思い起こされるのでしょうね。綺麗な映画のようというか、少しほっとする感じもあります。

中屋:どの楽曲も素敵ですよね。特に2年目はドルビーサラウンドという立体的な音で録音することができたので、よりストーリーが見えてくる気がします。Hibiki Uedaさんの曲は特に映画のように感じられますね。

2年目は藍染工房「ファクトリー藍」、フレンチレストラン「アンシェーヌ藍」の作業音を収録。機織りの音やレストランの食器を重ねる音など、35の音を録音した。

Hibiki Ueda「Natural II」。藍染工房「ファクトリー藍」の音が使われており、序盤は劇伴のような入りになっている。

—楽曲はすべてインストゥルメンタルとなっていますが、BGM的な方向性は決まっていたのでしょうか?

中屋:いや、特に決めていませんでした。録った音の使い方はアーティストに任せていましたね。

谷口:アーティストさんへ依頼するときは、集音の現場写真も共有し、施設の雰囲気を想像していただけるようにしました。あと楽曲は利用者さんにとってすごく嬉しいものなんです、ということも伝えています。自分の好きな音が立派な楽曲になって世界中に配信されるのを、とても喜ばれていますね。

フレンチレストラン「アンシェーヌ藍」で集音した調理中の音が使われているmonq design「まざる音 Restaurant」。monq designは実際の集音現場にも来て取材やリサーチを行ったという。

—アーティストが利用者さんの気持ちを深く汲んでいるからこそ、あたたかい音楽になっているのかもしれませんね。アーティストはどのように選んだのでしょうか?

中屋:1年目の3名は、僕が知っている身近な方に依頼しました。

谷口:2年目に依頼した[.que](キュー)さんは、私の前職のカレー屋(渋谷・ケニックカレー)と繋がりがあったことがきっかけですね。店主と古くからの付き合いだったり、スタッフにも[.que]さんに楽曲提供いただいて音楽活動している子がいたりして。私もお会いして、柔らかい人柄や心を癒してくれる音楽がセタオーレーベルとぴったり合うと思ってオファーしました。

[.que]「Ai」。藍染工房「ファクトリー藍」で録音された水の音が含まれている

中屋:実は僕も昔[.que]さんと間接的に仕事をしていたことがあり、どこかでお声がけしたいと思ってたんです。2年目に谷口さんが加入したことによって実現して、嬉しかったですね。

Takeyuki Hakozaki / Tetsu Yamamoto「Hand in Hand」。箱崎さんへのオファーも、同じケニックカレーの繋がりから実現した

谷口:2年目に依頼したYUJIAさんはSETAGAYA PORTのメンバーで、音楽もですし写真やデザインの活動も素敵だったため、オファーさせていただきました。中国・四川省出身の方なので、グローバルな関わりが生まれたこともよかったですね。

YUJIA「one day」。フレンチレストラン「アンシェーヌ藍」の利用者が演奏する優しいハープの音が冒頭に原音のまま使われている。利用者としても、自分の演奏が楽曲になり世界に発信されて嬉しいという。

音楽を聴くだけで福祉を応援できる

—始まって1年半ほど経ちますが、どんな反響が届いていますか?

谷口:多くの方に、いろんな形で興味を持ってもらえています。楽曲を毎日のように聴いてくださっている方もいますし、アンシェーヌ藍の藍染を購入いただいた方もいました。

2023年の夏に3ヶ月間、東急グループ「SDGsトレイン」内にセタオーレーベルのポスターが掲示された。新たな価値観や循環を創造するプロジェクトとして、SDGsの観点でも認知が広がっている。

施設の職員さんにも「気に入って作業中ずっと流してるよ」と言ってもらいました。楽曲が海外でも聴かれているので、「海外でも人気みたいよ」と施設で盛り上がっているそうです。職員さんとしても、利用者さんの社会との接点を増やしたいので、楽曲が広まることを嬉しく思っているそうです。

中屋:アーティストからも、関われてよかったという声が届いてますね。これまで福祉領域に関わりたくても、関わる機会が少なかったのかなと思います。

—アーティストにとっても、福祉施設との関わりや、普段とは異なる人に聴いてもらえることで、新しい社会との接点が生まれていそうです。

中屋:そうですね。昔はライヴ・エイドのようなチャリティ・フェスもありましたが、最近は純粋に社会福祉的な観点で関われるプロジェクトはありそうでないのかもしれません。目で見えるアート作品を通して作家に収益還元する動きはありますが、耳にも可能性があると思うんですよね。音楽は国も関係なく自由なものだと思うので、目よりも想像の余白が大きいんじゃないかなと。

2年目はアート作品も制作。SETAGAYA PORTメンバーである濱本一樹さんが、ファクトリー藍をイメージした「藍に眠る夢」(左)とアンシェーヌ藍をイメージした「青く輝く光」(右)の2枚の絵を描いた

—今後の展開について教えてください。

谷口:全楽曲の再生回数が34,000と伸びてきているので、楽曲制作だけでなく広報活動にも力を入れていきたいです。あとは音楽アーティスト以外にもデザイナーや映像作家など色々なクリエイターさんが興味を持ってくださっているので、うまく関わってもらえるようにしたいですね。福祉作業所の雰囲気を楽曲付きの映像で発信するのも面白そうです。

中屋:楽曲が増えて、関わる施設や利用者さん、アーティストが増えて、聴いてくださる人も増えていく、という輪の広がりを今後もつくっていきたいですね。再生回数が増えれば収益もより多く還元できますし、世田谷区から少しずつ広げていって、世田谷区発のプロジェクトとして他の地域ともコラボレーションできたら面白いなと思っています。ストリーミング時代において、音楽を聴くだけで福祉を応援できる仕組みには、まだまだ可能性があると思っていますね。

プロフィール

セタオーレーベル

セタオーレーベルは、「音楽」という表現を通じて、福祉という概念やそれぞれの背景を超えた、新たな関係性や価値観を生み出すべく発足されたプロジェクト。世田谷区内の福祉作業所を利用されている方々の生活音や活動音を集音。一人一人から生まれた世界に一つしかない音と、参加アーティストの感性をかけ合わせて生まれた楽曲を「セタオーレーベル」にて発表しています。福祉×クリエイターによって誕生した音楽を通じて、新しい挑戦や可能性をかたちにし、社会に向けて発信していくことを目指します。

プロフィール

中屋祐輔

dot button company株式会社 代表。元バンドマン。高校卒業後、バンドマンを経て小売業大手の株式会社ライトオンに入社。10年勤務した後、シナジーマーケティング株式会社にてテーマパークやスポーツチームのCRM、ファンクラブの仕組みから実装までを担当。その後、ヤフー株式会社へ出向して「復興デパートメント」のリブランディング、東北の若手漁師集団「FISHERMAN JAPAN」のファンクラブを担当。2017年にドットボタンカンパニー株式会社を設立。 これまでにプロデュースで携わった地域は60を超え、200以上のプロジェクトを実現している。

プロフィール

谷口萌衣子

1998年9月12日生まれ。京都府福知山市出身。ミスiD2016、福知山ご当地アイドルをきっかけに、立命館大学文学部地域研究学域を専攻し地域学を学ぶ。在学中ミスキャンパス立命館2020への参加や、フリーでモデル/俳優として活動。家業でもある飲食業やフードコーディネートにも携わる。2023年より本格的に地域や飲食業の力になれるヒントを求めdot button company株式会社に入社し、企画/広報を務める。

執筆・編集:石松豊

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