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PROJECT 4

「アンビエント」を通して、社会を捉え直す。7日連続で開催した『MIMINOIMI -Ambient / Week-』を振り返る

2024.02.23

「環境音楽 - Kankyo Ongaku」が2020年の米グラミー賞にノミネートされた影響もあり、この数年でアンビエント・ミュージックに興味を持った人も多いだろう。

その「アンビエント」をテーマに7日間連続で開催された都市型フェスティバル『MIMINOIMI - Ambient / Week -』。ライブに限らずトークやワークショップも行われ、サウンドスケープや歴史・技術的な視点にも触れるなど「アンビエントとは何か?」を多角的に見つめ直す音楽イベントだった。

チーム『MIMINOIMI』のFeLid、kentaro nagata、Yama Yukiに企画背景や当日の様子を伺うと、”ミュージック”に限らない「アンビエント」の魅力について存分に聞くことができた。

アンビエント的な考え方に未来を感じるんですよね。

—なぜテーマを「アンビエント」にしたんでしょうか。

Yama Yuki:ここ数年「環境音楽」というキーワードの元で、80年代の国産アンビエント・ミュージックが再発掘され、純粋に音楽として楽しむ層が拡大していると思います。とはいえ、もっと広い文脈で捉えた方が面白いんじゃないかと3人で話していたんですよね。アンビエントって、いろんな方向に拡散できるものだと思っていて。

『MIMINOIMI』メンバーのYama Yuki(左上)、FeLid(右上)、kentaro nagata(下)

アンビエントを提唱したブライアン・イーノもそうですし、1970-1980年代に活動した環境音楽家・芦川聡さんも様々な分野へ拡散する活動をされていて。音を風景として捉える「サウンドスケープ」のアプローチが日本で紹介され始めたのもこの1980年代で、ここからサウンドデザインなどの実践にも繋がっていったんです。

—だからライブの他にトークやワークショップがあったり、哲学や機械の話題が含まれていたりと、様々な接点を交えていたんですね。

DAY2では川﨑昭(mouse on the keys)と森健司郎(MIRROR)が中心となり制作したYouTube番組「mouse on the TV」に焦点を当て、哲学や精神分析などの分野を交えながらアンビエントミュージックの起源を掘り下げていった。

Yama Yuki:音楽は独立して存在しているように見えて、結局は広い世界の中に位置づけられている。アーティストも、社会の中で生きている。このフェスティバルが音楽だけにフォーカスしていないことは確かですね。アンビエントをきっかけに、人間が現在どのように生きているかを把握し、また他の生物や植物、地球との共生についても考えたいというか。

『MIMINOIMI – Ambient / Week –』のメインビジュアル。洗練されたミニマリズムを感じるデザインは、グラフィックデザイナー大澤悠大によるもの。

—音楽が主体じゃないという視点も、それこそアンビエント的ですね。

Yama Yuki:そうだと思います。僕らとしては、アンビエント的な考え方を参考に、社会の中で色々な活動をしている多方面の方々とコラボレーションしていきたいと考えています。あと国内外でフラットに繋がっていくことで、新しいクリエイティビティが誘発されるようなプラットフォームを作れればと。『MIMINOIMI』の運営が3人なのも、身近な範囲で他者とのコラボレーションを実践していきたいからですね。

FeLid:実際この3人は活動のスタンスにアンビエント的な価値観があるので、お互い気持ちよく進められている感じがします。

—アンビエント的な価値観?

FeLid:例えば、無理しない。無理やり進めると、どうしても歪みが発生しますよね。資本主義的でないという意味でも、社会をより良くする手法の一つとして、アンビエント的な考え方に未来を感じるんですよね。

Yama Yuki:アンビエントは、意識の中心にある音と他の音との区別を設けない考え方で。これは「自分の意識の中心に存在しない他者の存在をどう受け入れていくか」にも通じる気がします。意識の外にある他者を否定しない態度というか。

電車の中で聴こえるガタンガタンって音が、音楽的に聴こえてきて。

—7日間連続開催というアイディアはどう生まれたのでしょうか?

kentaro nagata:一週間は生活サイクルの単位ですよね。そのサイクルの中で、毎日アンビエントについて考えたらどうだろうと。

—プログラムやタイムテーブルは、どのように決めていったのでしょうか。

『MIMINOIMI – Ambient / Week –』の全日程タイムテーブル。各日にテーマが設けられ、7日間で30組を超えるアーティストが出演した。

Yama Yuki:日本におけるアンビエントの広がりを考えるとき、やはり芦川聡さんへの追悼の意を込めて出版された『波の記譜法』(1986 時事通信社)は外せない書物です。ここで様々な形で言及されている、サウンドスケープというテーマからフェスティバルを始めたいと思って。だからDAY1はワークショップ形式で、サウンドスケープを学習できるような企画としました。

続くDAY2はアンビエントの歴史的側面、DAY3は技術との関わりに目を向けられる内容にし、DAY4からは実際に現在のアンビエントを体験できるライブに。DAY5、DAY6には何十年もアンビエントに向き合ってきたアーティストもお呼びし、最後のDAY7はギターとアンビエントの関係に着目する、という流れになりました。

DAY7は「ギターはアンビエントが拡散していく重要な起点」という仮説のもと、岡田拓郎らによるトークとライブが行われた。

FeLid:僕らは全ての日に参加したので、座学からライブの流れを上手く感じられて、終わったときには全部が繋がった感覚になりました。電車の中で聴こえるガタンガタンって音が、音楽的に聴こえてきて。意識や感覚、音楽の聴き方が変わってくるなと思いましたね。

—人は一週間あればナチュラルにアンビエント化するのかもしれないですね。DAY1のワークショップでは、神田の街を歩きながらどんな話をされたのでしょうか?

DAY1「サウンドスケープ」にて、『波の記譜法 環境音楽とはなにか』にも携わった田中直子氏によるワークショップの様子。その後のレクチャーでは、歌うように注文をとる老舗の蕎麦屋「かんだやぶそば」の店内録音を古いテープから聞くことができた。

Yama Yuki:日本のサウンドスケープ研究の発祥って、実は神田なんですよ。(神田サウンドスケープ研究会 1986「神田のサウンドスケープ 〜その歴史と現状〜」等) 実際に研究された田中直子さんと神田を歩きながら、例えば各時代で「ニコライ堂」の鐘の音がどう聞かれてきたかについて、当時を回想しつつ説明いただきました。神田明神では、目をつぶって歩き、耳で街を感じるというワークもありましたね。

—40年前の貴重な話を聞きつつ、現在の神田で聴こえる音風景についても話すのは面白いですね。

Yama Yuki:そうなんです。ワークショップ後に行われたsawakoさんのライブでも、その日に街を歩きながら録音した音や、田中直子さんが80年代にテープで録音していた神田の音、sawakoさんが10年くらい前に録音していた神田明神の祭りの音を使って演奏されていて、即興的に音で時を重ねる試みが面白かったです。

まさにイーノからケージに逆接続した瞬間でした。

—7日間の中で、特に印象に残った瞬間はありますか?

Yama Yuki:DAY6のライブ中にSUGAI KENさんが急に音を止めて、会場の扉を開けたんですよ。すると沈黙の中で、神田の夜の音が立ち現れてきて。

—うわ、すごいですね。

DAY6は「時間と音楽」をテーマに、SUGAI KENとYumiko Moriokaによるライブが開催された。

Yama Yuki:SUGAIさんはアンビエント的な音を作っているアーティストではないと思いますが、あの沈黙の瞬間が、最もアンビエント的だなと感じましたね。

—演奏に慣れた耳で急に外の音を聴くと、聴こえ方が普段と異なりそうです。無音を主体的に聴くというか。

Yama Yuki:そうですね。まさにイーノからケージに逆接続した瞬間でした。あえて空白を作ることで想像性をかき立て、耳を開けさせるという。

DAY6の深夜には「Kanda Ambient Sleep」というオールナイトイベントを開催。週末のオフィス街、真っ暗のガラス張り空間で、静かな演奏を聴きながら寝袋を持参して眠るという試みだった。

Yama Yuki:今回は都市型フェスティバルですが、もともと環境音楽における「環境」は、自然環境ではなく都市環境だと思うんです。例えば80年代は、都市生活で快適な環境を得るために、サウンドデザインの実践が盛んでしたよね。でも現代は地球温暖化や大地震など、都市にいても自然環境を意識せざるを得ない。そういう意味でも、環境音楽を再考することは興味深いと考えています。

DAY4はkentaro nagataが2017年から続けている「TENbient」を拡大版として開催。深夜には無観客・無配信の4時間ライブも行われた。

耳の意味を問い直してみよう

—タイトルの『MIMINOIMI』には、どんな意味が込められていますか?

Yama Yuki:音楽の表現って、耳から生まれるんです。音楽を聴くときも、耳から受け取っている。耳という存在は音楽を考える上で不可欠ですし、音と人間の媒介となってくれる存在です。だから耳の意味を問い直してみよう、という感じですね。

kentaro nagata:単純に語感がよかった、という理由もありますね。

DAY5は2000〜2020年代で響きがどう変化していったかをテーマに、H.TakahashiやFourColorのライブが開催された。

—MIMINOIMIとして、今後の予定はありますか?

Yama Yuki:2月は『Food for Ears 〜 耳の糧 〜』を開催しました。やはりプラットフォームとして、国内外との交流も増やしていきたいですね。まだ詳細は伝えられませんが、『Ambient / Week』的なのも少し先に考えています。

2月には海外アーティストを迎え、刺激的な音を紹介するイベントシリーズ『Food for Ears 〜 耳の糧 〜』を開催した。

プロフィール

FeLid

日常で収集した音や音楽を特段ルールは設けず組み合わせたり、壊したり、無ければ手持ちの楽器や機材で音を作り、それらを様々な現場でDJ、あるいはライブで演奏しながら、トライアンドエラーを繰り返すことで、自分自身の音楽を探求中。昨年2021年は、その過程で完成したINという自分自身の内面に焦点をあてた10トラック30分のアルバムを自主レーベルC ENTR A Lよりリリース。

プロフィール

kentaro nagata

elect-lowレーベル主宰。チームフラスコではサウンドエンジニア。個人名義では、エレクトロニカやエクスペリメンタル、エレクトロアコースティックな作品のリリース。ミックス・マスタリングを手掛けた、ケンモチヒデフミ(水曜日のカンパネラ)がサウンドプロデュースの「Genesis Block」(ππ来来)は、iTunesダンスミュージックチャート1位獲得。ポスト・ノイズな”BAY CITY ROLAZ”や長谷川時夫の”Stone Music”などで海外での演奏活動も。MIMINOIMIメンバー。

プロフィール

Yama Yuki

アーカイブ・レーベルato.archivesを主宰する他、イベントシリーズre_locationを主催している。Good Morning TapesやMystery Circles等様々なレーベルからリリースを行い、odoma、sorta opalkaなど多様な名義を持つ他、Sogahukauなどバンドでも活動している。

執筆・編集:石松豊

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