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ARTIST 4
Yuka Akatsuが即興演奏で穏やかなピアノを弾く理由。本来の自分と向き合うことで、音も軽やかに
2024.08.22
2021年からソロ活動を始めたピアニスト・Yuka Akatsu。2024年2月にリリースされた1stアルバム『Botanic』は、自然体な即興演奏が風や光のような揺らぎを感じさせる、聴き手に心地よく寄り添う作品だった。
以前は穏やかな音楽よりもジャズやポップスが好きで、作る楽曲もドラマチックな作風だったという。音楽性が変化した理由を伺っていくうちに、人が無理なく自然体でいるためのヒントも聞くことができた。
また9月に出演する「読書と静かな即興演奏」イベントに向けて、Yuka Akatsuが追求する即興演奏の魅力についても語ってもらった。
どんなアルバムにしようとかも全然考えていなかった
—1st アルバム『Botanic』について、制作のきっかけを教えてください。

活動初期の2021年に、学生時代に作った曲をシングルでデジタルリリースしました。その後、自分の音楽性がどんどん変わっていって。穏やかで落ち着く音楽が好きな今の感じを、アルバムとして音にしたいと思い、去年の10月にスタジオで『Botanic』をレコーディングしました。
2024年2月14日にリリースされたYuka Akatsuの1st アルバム『Botanic』。植物のいのちが、巡りゆく季節の中で水、大地、光、風…とともに芽吹き、枯れ、循環していく様子が表現されている。「Inori」以外の9曲は即興演奏で収録されている。
—即興演奏で収録することは決めていたんですか?
特に決めてなかったというか、どんなアルバムにしようとかも全然考えてなかったんです。でも、その時に生まれた音を大事にしたいとは思っていて。メロディや構成を考えて曲を作ることもありますが、練習して録音しようとすると、いつも緊張して余計な力が入ってしまう。だったらもう何も用意せずに、その場で感じた弾きたい音をそのまま録音してみようと思って、丸一日かけて録りました。

—逆に丸一日だけで10曲(43分)を録音したんですね。
はい。というのもスタジオの近くに、森のように木が生い茂る公園があって、休憩時にリフレッシュできたんです。深呼吸をしていると、木がわさわさって風に揺れたりと、木たちのエネルギーを感じて。この雰囲気をそのまま音にしたいなと思って、レコーディングを進めていきました。

—アルバムのテーマが植物になったのも、その公園がきっかけだったんですね。
そうですね。出来上がった音源を聴いたときも木や水、風、土、木漏れ日など自然的なイメージを感じて。でも意識的に自然的な要素を表現したというよりかは、ただピアノでその時に感じたことを楽しく弾いていてできたのが『Botanic』だったかなと思います。

もっと自分に合う世界があることに初めて気づいた
—2021年以降に音楽性が変化したきっかけは何だったのでしょうか?
2021年3月にリリースしたシングル「Twilight」。楽曲から黄昏時の空を感じて名付けたという。2021年にリリースされた楽曲は、どれも今の即興演奏スタイルとは違うドラマティックな印象になっている。
きっかけはコロナ禍ですね。学生時代はジャズやポップスが好きでバンド活動もしていたのですが、コロナ禍で全て止まってしまって。家にこもる時間が増えたので音楽を流していて、その時に聴きたいと思ったのが穏やかな音楽だったんです。
—やはりコロナ禍は気持ちが落ち込みましたか?
コロナ禍だからというよりかは、ちょうどジャズやバンドの活動がうまくいってなくて、誰かと音楽活動をすることが少し苦しくなっていた時期でした。逆にコロナ禍で音楽から離れたことで、自分が本当にやりたい音楽について初めて考えるようになりましたね。それまでは休みがなく忙しない日々だったので..。
喫茶店や自然など自分の好きなものを見つけていって、こういう世界の中で音を弾いていけば幸せなんじゃないかと思ったんです。例えば喫茶店は気持ちが落ち着いたり、日常の中に余白を作れたりするところが好きで。「喫茶店でかかってるようなピアノのアルバムを作りたい!」と思って。

日常の中で、余白の時間をとることを大切にしているんです。余白があることで、興味や関心の矢印が内側に向いて「自分はどんなことが好きなのかな」「何を考えているんだろう」と自分と向き合って話せる時間が生まれるのかなと思います。
—以前は音楽活動に対して息苦しさがあったんでしょうか。
小さい頃から楽譜が苦手でした。あとはピアノを習っていた頃も、コンクールに出るために練習しなくちゃいけないことが苦しくて。楽譜も練習もみんな当たり前にできていたので、「なんで私だけこんなにできないんだろう」と自分を責めてました。
専門学校に入ってジャズを始めてからも「この世界は自分と合わないかも」と感じてて。周りの友達が有名なジャズミュージシャンのフレーズをコピーしてアドリブ演奏が上手になっていく中で、私はそこまでのめり込めず、セッション的なルールにも不自由さを感じていました。

たぶん私は本来自由でいたいし、こだわりが強いタイプなんですけど、それを隠して、頑張って周りに合わせようとしてたんですよね。笑 だからいつしか限界が来て、上手くいかなかったのかな..。やりたいことも分からなかったので、周りの人たちに合わせているだけでした。
でもコロナ禍で一人になった時にそこから抜け出して、もっと自分に合う世界があることに初めて気づいたんです。今のソロ活動も、ここから始まっています。
—今は音楽に出会ってから一番自由な状態?
そうですね。今は無理のない状態で音楽ができています。自分が好きだと思う穏やかさや心地よさ、美しさを表現できる。演奏中も気持ちに余裕があるというか、自分のスタイルを許されているという感覚がありますね。昔よりも今の自分が好きだし、好きな世界に自然体でいれている今が幸せだなと感じています。
2024年5月22日にリリースされたEP『愛しき夢』。ハンドパン/ギター奏者・Hinako Uragoとの共同作品となっている。最近は無理のない形で誰かと一緒に演奏できるようになったという。
自分の進んでいきたい世界の指標になった
—今の音楽性に最も影響を与えた音楽家は誰ですか?
高木正勝さんですね。私の心の師匠です。コロナ禍に自分の好きなものを考えていたときに、映画『おおかみこどもの雨と雪』が好きだったことを思い出して。音楽を担当されているのが高木さんで、そこから高木さんの音楽を好きになっていきました。
音楽家・映像作家の高木正勝が音楽を担当した映画『おおかみこどもの雨と雪』のオリジナル・サウンドトラックより、12曲目の「きときと – 四本足の踊り」。作中では登場キャラクターである”雨”と”雪”と”花”が雪山を駆け巡るシーンで流れる曲。Yuka Akatsuはこのシーンが一番好きで、初めて聴いたときは、3人の喜びや自然の壮大なスケール感をここまで音にできることに圧倒されたという。
『Marginalia』プロジェクトを知ったときは、「こんなピアノの在り方があるんだ!」と衝撃を受けました。自分が進んでいきたい世界の指標になった人ですね。
自宅スタジオで気楽にピアノ演奏を録音するプロジェクト『Marginalia』。#48 は大雨や雷の音が聴こえる楽曲。Yuka Akatsuはもともと雨や嵐の日が苦手だったが、この楽曲に出会えたことでワクワクするようになったという。
—どんな衝撃を受けたんでしょうか。
それまではジャズや楽譜に書いてある音楽など、ジャンルや型にはまった音楽しか知らなかったんです。でも高木さんの音楽は、高木さんというジャンルでしかないように感じて。メロディーもあったりなかったりだし、音は自然に生まれているようで、とにかく優しい音楽だなって。
そう思った時に、すごく自分の心が反応したんです。ジャンルや型の中の音楽を追求する生き方もかっこいいし、ずっとそこに頑張ってついて行ってたけど、もっと自由でいいんだなと。自分というジャンルを確立する道もあるかもしれないと思ったんです。
—僕は『Botanic』も「アカツさんの音」だと感じていて。それはアカツさんが即興演奏の中にその人が持つ優しさを感じたり、自然体のまま自分の音楽を追求されているから生まれた音なんだなと思いました。
あ、そうですね。そんな感じかもしれません。

自然体で、軽やかで、完璧でない状態でいたい
最近「自分がなぜ即興演奏をしたいのか」という答えが出たんです。即興演奏って思考があまりなくて、内側からそのまま出る音だと思うんですが、その音ってすごく軽やかなんですよね。軽くてふわっとしているから、人の体の中に届きやすい音だなと思っていて、ここに魅力を感じているんです。

—確かに届きやすい印象がありますね。先ほどの「優しさ」みたいなものも、音を通して聴き手に伝わっていく気がします。
わかります。即興演奏は枠がないからこそ、良くも悪くもその人が大切にしている生き方とか持っている軸が全部出ると思うし。でも私は「自分を知って欲しい」という気持ちはなくて、演奏中はただ楽しいだけなんですよね。逆に「誰かに届けたい」という想いがあると、ちょっと重たくなってしまって、素直に届いていかない気がしていて。
だから自分が弾いて心地いいと思う音を、聴いた人がいいなと思ってくれるのは、本当にありがたいし嬉しいですね。同時に、自分をもっと磨かないといけないと感じています。技術面だけじゃなくて、心の面でも。
—音楽性だけでなく、心の面でも向かっていきたい方向が見えているんでしょうか。
そうですね。自分で自分で押さえつけるのではなく、いつも自然体で、軽やかで、完璧でない状態でいたいです。無理をせずに自分のままでいて、素直に好きな物事を通して幸せを感じたい。そういう「自分が満ちている状態」は、人にとっていい状態なんじゃないかと思ってて。
音楽も同じで、自分が満ちている状態だといいパフォーマンスができるし、勝手に溢れ出たものは音を通してお客さんに届くと思うんです。

—今回のUcuuu主催イベントでは、重要文化財という落ち着いた空間での即興演奏となります。どんな内容にしたいですか?
友達と来てもいいけど、一人で自分と向き合える空間にできたらと思ってます。それぞれが内側を見つめられるような時間にできたらいいなと。 会場の自由学園明日館からは静かに集中して自分と向き合えるような洗練さや丁寧さを感じますし、それをピアノの生演奏という形で少しでも支えることができたら嬉しいなと思いますね。

私も喫茶店で読書することがあるんですが、その時間ってすごく自分だけの特別なひとときですよね。喫茶と読書をしている時に出会ってほしい音楽がなんとなく分かっているので、お客さんがほっとできるような穏やかな音を出せたらいいなと思います。
プロフィール
Yuka akatsu
4歳からピアノをはじめる。自由に音を表現する喜びや、創作することに惹かれ、アーティスト活動を開始。自然や光の美しさ、生きることそのものから、インスピレーションを受け、作曲や即興で音を紡ぐ。やさしい情景が思い浮かぶ、繊細で叙情的な世界を表現している。現在、全国各地での演奏会をはじめ、企業の映像音楽制作、アーティストの個展空間や喫茶店等に流れるBGM制作を多数手がける。2021年 single 3作品をデジタルリリース。2024年 1st piano album「Botanic」、Hinako Uragoとmini album 「愛しき夢」をCD&デジタルリリース。FM桐生にて、自身のラジオ番組 「月のまんなか 風を編む」毎月第3月曜日に放送中。
執筆・編集:石松豊
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ABOUT
生活風景に
穏やかな音楽を
『Ucuuu』は、穏やかな音楽の魅力を発信するAmbient Lifescape Magazine(アンビエント・ライフスケープ・マガジン)です。
アンビエント、エレクトロニカ、インストゥルメンタル、アコースティックギターやピアノなど、「穏やかな音楽」は日常にBGMのように存在しています。
木漏れ日のように、日常に当たり前のようにありながらも強く認識はせず、でも視線を向けると美しさに心癒されるような「穏やかな音楽」の魅力を多面的に発信しています。